講師と教諭

日本の教育問題には、現在の講師と教諭という職責上の厳然たる違いがあります。

それは小泉改革以降の、企業における正規雇用と非正規雇用の違いのように、明らかな待遇の差となって現れています。

私がいる九州は教育閉鎖県が多いので(数年前、大分県が問題になっていましよね)。たとえば私のいる熊本県は(最近のことは知りませんが)ちょっと前まで正規採用年間合格者数わずか30名ほどで、教諭と講師の立場の違いはめちゃくちゃに大きかったですから。貧乏な県ほど教諭を減らして講師を増やしていますね。人事コストが半分以下で済みますからね。同じ仕事を同じようにしているのに、正規採用が月給40万円のところ講師は月給16万円でしかも勤務中は正規採用が平気でこぼすような愚痴を講師は言えない。

講師というのは「将来、正規採用にするよ」という「エサ」をぶら下げられ、それにつられて滅私奉公状態で働きます。文句も言わず、立場も弱く、いつでも契約が切れるようになっているし。

熊本県なんてすごくせこくて、産休代替とかではなく、学担を持つ年間採用講師ですら契約期間は1年更新ではなく、半年更新なんですよ。働きが悪ければ半年で切る、という意味もありますが、勤勉手当(ボーナス)の額を落とすための処置じゃなかろうか、と思っております。

金や待遇のことで文句を言うやつは教師になるな!ということかもしれませんが、生活設計が立てられないんですよね、講師って。

私は、鹿児島県で新卒新採で教諭になったので、いかに講師が過酷かは気付かずにいたのですが、一度教諭を辞めて、民間に勤めた後、改めて講師になってからはその立場のあまりの不安定さに笑うしかなかったですよ。

御雷先生が、出会った日から終わりを見据えていたというのは、非常にリアルな講師の実感だと思います。

でも講師にも良い面はあって、県に固着しなくていいんですよね。行動力さえあれば御雷先生のように全国を腕一本で渡り歩ける。さすがに50校はなかったですが、私が愛知県で講師をしていた時知り合った新潟出身の先生は30歳までに東海、北陸、関東と10校以上回って、教育水準、教員待遇水準ともに高く、「ここで骨をうずめていい」と納得のいった愛知県で正規採用試験を受けていましたよ。講師の給料って地方自治体管理なのでお金持ちの市町村ほど高い。愛知県は給与算定の基準にしている民間企業がトヨタだったり、デンソーだったり、アイシンだったりと高給取りなので、講師の給料も高かったです。それと、同一労働、同一賃金の考え方が浸透しているので余計に講師と教諭の差が小さかったです。するとどういうことが起きるかというと、全国から優秀な講師が集まるんですよね。教師の給料が良ければ、教育水準が高くなる、とは必ずしも言えないのですが、愛知県についてはそれが言えました。九州と大違い。あと、東京は言われているほど学校環境は悪くないのですが、地方から出ていく身としては給料と住居手当に対して家賃が高すぎ、生活のバランスを取るのが難しい印象があります。その点茨城県は良かったです。私は事情が許せば茨城に永住しようと思っていたくらいです。

でも、まあ、大変ですよ、講師って。残業代はつかないし(一応、時間外勤務手当はあるけれど、何時間働いても月数千円)、部活、差別問題担当、特別支援学級など、正規採用組が避けて通りたい公務分掌がことごとく回ってきますしね。

それでもなぜ教師の仕事をしたいかっていうと、やっぱり子どもたちの笑顔ですよね。自分の授業で子どもたちが新しい発見をしてくれる。新しい知識や技術を身に着けてくれる。子どもって、新しいことができるようになるとすごくいい笑顔をしてくれるじゃないですか?あの笑顔をみると辞められない仕事ですよね!!(って、辞めた私が言うのは説得力ないですが)それから、保護者との連帯感。何か子どもについて問題が起きた時、一緒に悩んで、考えて、必要に応じて家庭訪問や深夜まで長電話して不安や希望を聞いたりして。そして歩調を合わせて子どもに接していき、問題が解決した時の「一緒にがんばった感」。何だか、保護者の方々は、同じ問題をともに戦い解決してきた「戦友」って感じになりますよね。愛知時代、独身の私のアパートのドアノブには、保護者のお母さん方が月金の間輪番で夕食を作り、タッパーに入れて下げておいてくださり、夜一人でアパートのドアを開ける私は大いに感謝したりしたものでした。

今後、御雷先生が、子どもとどう接していき、どんな愛情を注ぐのか、保護者とどう相対していくのか、これからの展開を期待度マックスで待っております!!

 

(市郎さんのコメントを受けて)

ざっくり言って、教師というのは職業上の学校の先生の呼び方。

教諭は都道府県に正規採用された教師。

講師は非正規雇用で、主に県以下の自治体で採用された教師。

と、なります。

講師はさらに、常勤講師と非常勤講師に分かれます。

子どもたちにとって、どちらの先生にあたるのが幸せかは一概にはいえないと思います。

それなりの経験と資格を持つ正規教諭に持たれることは安心感があります。

資格がない代わり、がむしゃらに働く傾向にある講師の方が親身になって子どもと向き合ってくれることも多いことでしょう。

まぁ、つまるところ「その人次第、その先生の人柄次第」ですね。仕事に対して真摯な先生は、教諭だろうと講師だろうと関係なく「良い先生」だと思います。

どうしようもないのが、正規採用にあぐらをかいて努力することをやめてしまった教諭たち(教員免許が10年の更新制になったのもうなずけます)。

努力しようがしまいが、首になることはないし、下手に仕事熱心になって子どもの問題に首を突っ込み、熱くなって体罰でもしようものなら責任を取らされてしまう。そんなことをするくらいなら組合(日教組)に入って、「できるだけ仕事をしないですむ方法を研究する」。

これが最低の教師です。

授業は5年前、10年前のメソッドを飽きもせず繰り返すだけだから教材研究も何もしない。ことさらに過労死問題や教員の働きすぎ問題を職員会議で持ち出し、教師の人権を訴えて労働量の軽減を訴える。

いや、それは常に頑張っている先生がぎりぎり限界まで追い詰められているなら「教師の権利、教師の人権」ということを言い出してもいいと思うんですが、明らかに手抜きして毎日を送っている先生に限ってそういう訴えをするんですよ。日教組に多いです。

「学級崩壊」という言葉が定着してきました。例外もあるでしょうがたいていは日教組教員が受け持った次の年に崩壊することが多いです。学級崩壊は、担任の目がクラスの秩序維持に行き届かなくなって起こるのですが、日教組教員が、例えば5年生を受け持つと、5年生の時に5年生が身に着けなければならない学力が身についてないんですよ。それで、その子たちが6年生になると、6年生担任は6年生で教えなければならないことの前に、5年生の分までさかのぼって授業しなくてはならなくなります。日教組教員は、子どもを放任しますから、これまでやりたい放題にやってきたところに、6年生で、担任から「ああしなさい、こうしなさい」と言われると反発するわけです。授業もうまくいかない、クラス運営もうまくいかない。しかし、何とか小学校のうちに、小学生として身つけさせなければならないことはきちんとしてやらなければない。かくして、オーバーワークとなって、6年生担任が潰れていきます。原因を作った日教組教員は「あら、私が受け持っていた時は問題なかったのに」と知らん顔です。私も2度ほど、この煮え湯を飲まされました。

日教組は最低、最悪の団体で、教員がまともに働くことを阻害する活動ばかりやっています。そもそも労働組合を持てないことになっている公務員が日教組という徒党を組んでいること自体が間違っているのに、ゆがんだ自己保身と思いっきり左巻きの思想教育授業を繰り返してしまう厄介な連中。まともな授業一つできないくせに、反戦平和授業という名の自衛隊反対活動、安保反対活動を展開します。政治活動を禁じられているはずの公立学校にあって、旧社会党系列の政党、例えば社民党、共産党、民進党系列の支持活動を行ったり(署名活動とか、連絡網を悪用して選挙投票のお願い電話を保護者にかけてまわる、とか)、授業に反政府思想を盛り込んだりするし。現在はちょっとましになっているのかもしれませんが、九州の学校で修学旅行先が韓国だったりすると十中八九、第二次世界大戦中の「お詫びと謝罪活動」が盛り込まれます。そして、その修学旅行前の準備活動の中で、いかに日本が卑劣かを教え込みます。

まったく、君たちはどこの国の教員か?自国の誇りを教え、持たせるのが日本国教員ではないのか?と問い質したくなります。

この文章を読んでくださっている方のご家庭でもし、「夏休みの友」「冬休みの友」(と、九州では呼ばれていました)を子どもさんが持って帰ってきたら手を付ける前に即刻担任につき返して返金要求してください。あれは日教組が無断販売している組合資金源です。「推薦図書」というのも同様な場合が多いです。

って、話がだいぶ偏ってしまいました。すみません。

御雷先生には、ぜひとも日教組を打ち砕いていただきたいです。

 

(さらに市郎さんのコメントを受けて)

基本的に日教組に入るのは正規教諭です。講師が組合活動をすることはありません。構成人数の割合は、県、地方によってずいぶん格差がありますので、一括りに論じるのは無理があるのですが、無理を承知であえて述べれば正規教諭の3割ほどです。昔は5割ほどだったと聞きますので、だいぶ減るには減っています。

日教組のヒストリーについては、ウィキペディアを読むのが早いのでリンクを貼っておきます。

ウィキペディア:日本教職員組合

改めてウィキペディアを読んで私はびっくりしました。組合結成は1945年に連合国軍最高司令官総司令部の指示だったんですね。ですが、国家公務員法、および地方公務員法で公務員には労働組合法を適用しないことが定められているので、現在では違法組織なのは間違いないです。

主な資金源は組合員会費で、これは県によって違いがありますが、月8000円~12000円のレンジです。私のいた鹿児島では月8000円、つまり年間96000円を組合に上納していましたね、組合員は。これらの金は組合活動に使われるとともに、民進党、社民党に流れていきます。

年間96000円を高いと感じるか安いと感じるかは人それぞれですが、主に人事と校務分掌割り当てにおいて優遇されることを考えれば安いのかもしれないですね。

割と程度がひどいのが小学校6年生を組合員が受け持った場合と中学社会科の組合員全般で、授業単元が近代史に入ると、日本軍がいかに卑劣で野蛮だったかを説き続けるだけの授業ともいえない授業を続けます。ウィキでも指摘されていますが、朝鮮半島とのつながりを大変重視します。

さしあたり、思いつくままに答えてみました。さらに追加するかもしれませんが、一応終わります。

追記『私が教諭をやめた経緯(日教組とからめて)』

ルシファさん、こんばんは!すごく面白く、すごく興味深い小説をありがとうございます!読むのが楽しくて楽しくて、続きはどうなるの?とそればかり気になっております。

日教組が死に体とは、素晴らしい県ですね。

私の文章をお読みになって感じらると思うのですが、私は日教組が嫌いです。大嫌いです。

ついでに管理職を信用できなくなり、鹿児島県教諭をやめるに至るのですが・・・。

鹿児島県には良い思い出がたくさんありますし、宣誓式では生涯鹿児島県の教育に尽力すると誓いました。その通りにするつもりでした。陳腐な言い方ですが、鹿児島県の教育界を愛していました、その独特の教育法や、もちろん児童生徒、保護者を。

私が2校目の時、私は結婚する予定でした。同僚の女性教諭と。彼女はしかし、(今でもはっきりした理由がわからず、そのことが私を苦しめ続けるのですが)自ら命を絶ってしまいました。普通なら、どんな事情があれ、人が亡くなっているのですから悲しむのがヒトというものだと思うのですが、我が校の先生方は違いました。組合、管理職、非組職員の3つに分かれ、「自分たちのせいではないけれど、管理職のせいじゃないか?」「自分たちのせいではないけれど、非組のせいじゃないか?」「自分たちのせいじゃないけれど、組合のせいじゃないか?」と、責任をなすりあい続けました。なすりあいというか、相手を蹴落とすための攻撃材料にしあいました。組合員は、どうにか管理職のせいにしようと管理怠慢、無理な仕事の押し付けがあったはずだと私に再三にわたって聞いてくるし、校長、教頭は自分たちのせいではない。職員間でいじめはなかったか?組合勧誘や組合活動に否定的だったのでいじめられたという形跡はないか?と私に聞いてくる始末。

市教委から、彼女の学級経営や児童、保護者との関係がうまくいっていなかったのでは?と聞かれるのをひどく恐れていましたね、滑稽なことに。それはつまり学校運営上の問題になってしまいますから。

校長、教頭、教務主任は学校運営のまずさのせいで彼女が亡くなったことにするわけにはいかない。組合としては学校運営のまずさが死の原因であるというふうに持っていけば管理職をやり込めることができる。

私は、大げさではなく失意のどん底にいて、毎日の授業をかろうじて行っている状態でしたが、彼女の死を自分の立場のために利用しようとしているこの組合vs.管理職vs.非組の争いに心底呆れ、怒りました。特に、生前の彼女には全く無関心だった、それどころか非組だった彼女の足を引っ張ていた組合員が、さも、生前の彼女と仲が良く、よく相談にも乗ってあげていた、という嘘を言ってのけたとき、私はその組合員を殴らないためにずいぶん努力が必要でした。

総じて、「この学校の教員どもは、教師と呼ばれ、児童に先生と呼ばれる資格はない」と判断し、ある方法(お知りになりたければメールでお教えいたします)を使って県教委に直談判し、翌3月の人事異動で用務員と私を除く、全教員を異動、つまりとばしました。校長については再雇用なしの退職です。組合員は、さんざんに文句を言っていましたが、私の知ったことではなかったです。残った私は、依願退職をして、これで彼女を死に追いやった学校は消え、新しい学校に生まれ変わりました。

私は、もともと日教組が嫌いでしたが、この件で最も振る舞いのひどかった彼らをさらに憎むようになりました。

こういうフィルターといいますか、色眼鏡をかけてみているので、日教組を余計にひどく書いているのが私だと思いますので、多少まびいてお読み願えればと思います。

暗いお話になってすみません、御雷先生の活躍を楽しみにしています!!