【鳴神来たりて(仮題)】のための創作ノート②

【第二章 御雷】

      1
 御雷はスバルを走らせていた。
 腹が減っている。昼飯時はとうに過ぎていた。
 この身体は、燃費が悪いのが難点だ。すぐに腹が減る。
 街道沿いには何軒かの食い物屋がある。中華や焼き肉が多いような気がするのは、土地柄のせいか。
 熱い麺や餃子を腹に詰め込みたい誘惑に、御雷は耐えている。
 助手席に置かれたバッグには、稲美中学校で借り受けた教科書や指導書が入っている。それを、油染みた店内に持ち込むのは気が引けた。
 かといって、車内に残して店に入る気にはなれなかった。車上狙いにでも遭えば面倒なことになる。生徒の個人情報こそ無いが、一応は学校の備品である。パチンコ屋の駐車場で成績処理用の資料を盗まれるような間抜けと、同列に扱われるのは御免だ。
 もとより、御雷は片時たりともバッグを手元から離すつもりはない。
 稲美中で着任手続きを終えての帰路である。
 眠り続ける菊池を田中たちに託し、ことのあらましを説明した。無論、自分に都合の良いように情報を取捨選択しながらだ。
 完全な嘘ではないが、完全な真実でもない。
 相手を騙すには、虚実を交えて話すことだ。完璧な嘘をつこうとすれば、必ず綻びが生じる。ほどほどに真実を混ぜるのが肝要だ。
 空腹を紛らわすために、運転に集中する。
 御雷のスバルが一見灰色に見えるのは、わざと洗車をしていないからだ。汚れの下に隠された鋼板は、シルバーに塗装してある。
 エアスクープが設けられたボンネットの下には、スーパーチャージャーで加給される、わずか六百六十CCのDOHC四気筒エンジンが納まっている。フロントバンパーに埋め込まれた大型のフォグランプが特徴的だ。
 足まわりは強化され、四速までがクロスした変速機に載せ替えられている。リヤのLSDは機械式――四輪駆動だ。ECU=エンジンコントロール用のコンピュータもモータースポーツ用の専用品が付いている。
 一見しただけではわからないが、中身はモータースポーツ用のベースグレードと同等になっているわけだ。
 スバルに初のWRC優勝をもたらしたワークス・ドライバーが、このコンパクトな軽自動車をサファリラリーで走らせたこともある。
 日本ならではの軽規格に、贅沢に詰め込まれた精緻なメカニズムを、御雷は愛していた。よりコンパクトに。より高密度に。技術者たちの執念に、シンパシーを感じている。
 クロスしたミッションのために、シフトチェンジが忙しい。
 御雷はクラッチとシフトレバーを巧みに操り、最適なギアを選択する。シフトダウン時にはヒール・アンド・トウを駆使し、ほとんどシフトショックを感じさせない。あえて車高を下げていないため、オンロードレースカーほどには安定しないが、そんなことには頓着しない。
 御雷は、このスバルに絶対的な速さを求めてはいなかった。所詮は軽自動車である。排気音を押さえるために、マフラーすら社外品に交換していない。
 特定の条件下で十分な運動性が確保されていれば、それでよい。そう割り切っている。
 実際、低速コーナーばかりの山道では、御雷の駆るスバルに追随できる車は多くなかった。コンパクトな車体は走行ラインの自由度を保証し、軽さはコーナリングやブレーキングにおいては絶対的な正義だ。強めのアンダーステアを押さえ込むことも御雷にとっては造作も無いことだった。
 その俊敏さは、入り組んだ市街地でこそ生かされる。そう御雷は考えている。
 十分も走れば稲美中学校の校区を抜ける。街道を逸れると田畑が多くなってくる。所々に建つ家も空き家が目立つ。
 今原市は老年期にさしかかっているのだ、と御雷には思えた。
 古ぼけた一軒家にスバルを乗り入れる。小さな平屋だが、敷地には余裕があった。門こそ無いが、塀で囲まれている。納屋のような車庫があった。
 御雷はエンジンを止めずにスバルから下りた。車庫の前に立ち、観音開きの扉の片方だけを開放する。年月を経たような表面に似ず、扉の内側の木材は真新しかった。扉の重量を支えるために取り付けられた分厚い蝶番は、鈍い金属色を保ち錆一つ無い。
 この家を借りるに当たって御雷が取り付けたのだから、新しくて当然だ。大家からは改造の許可ももらっている。
 スバルをバックで車庫に納め、バッグを手に庫外へ出る。扉を閉じる際に蝶番の軋む音はしなかった。スプリング式のラッチが音を立て、閉鎖位置で扉を保持するが、施錠はまだだ。
 御雷は扉に開けられた小穴に指を入れる。耳障りな音がして閂がかかった。電磁ロックだ。
 指紋認証式の鍵である。扉の内側にも認証用のセンサーが取り付けてあり、内側から施錠することも可能だ。指紋認証が広く用いられるようになるのは後年の話だが、御雷は既にその技術を手にしていた。この家を引き払うときには、ユニットごと外せばよい。
 本当は、家中の鍵を指紋認証式にしたいところだが、御雷は我慢している。その代わり、解錠が簡単だった玄関の鍵はより防犯性が高いものに交換し、窓ガラスには透明な強化シートを貼り付けてある。裏口の鍵も二重にした。交換後の玄関の鍵とて、御雷の技術なら一分とかからず開けることができるが、普通の空き巣程度なら五分以上は持ちこたえてくれるだろう。
 家の中は薄暗かった。そして殺風景だ。家具らしいものはほとんど無い。低いタンスを台にして置かれた小型のテレビ。そして座卓の上のノート型パソコン。茶の間にはそれぐらいしかない。台所には一人分の食器と小型の冷蔵庫。奥の寝室には布団が敷きっぱなしにしてあった。全身が映るような大きな姿見がある。
 バッグを座卓の脇に置くと、御雷はトイレに入った。長々と小用を足す。昔読んだ小説の主人公が、扉を開けたまま便所を使っていたのを思い出す。真似をしてみたが虚しいだけだった…が、今ではそれが御雷の習慣になっていた。
 手を洗ってから、窮屈なスーツを脱ぎ捨て、ネクタイをその上に放り投げる。
 バッグから、指導書を取り出そうともしない。
 当然である。赴任するまでに教材研究は完了しているのだから。当たり前のように教科書は全て暗記している。授業で使うワークシートはもちろん、課題プリントや補助プリント、個別指導用の教材まで準備し、パソコン上に保存してある。さらに言えば、中間テストや期末テスト用の問題案も作ってある。授業の進度に応じて適宜切り貼りして使えるように、単元ごとにテスト用の部品を用意しているわけだ。

      2
 教師の仕事において妥協するつもりはなかった。
 それでも教材研究に取り組む姿勢をアピールしたのは、御雷には時間的な余裕がない、という印象を与えるためである。定時で学校を出れば、翌日の出勤までの時間は完全に自分のものだ。担任でなければ生徒の不祥事で呼び出されることもない。
 今日は、疲れた。空腹と眠気で気力が萎えそうになる。
 物憂げにバッグを拾い上げる。メインのファスナーではなく、前面の薄いポケットに付いているタブに手を掛ける。耳障りなベルクロの音がして、ポケットが開く。御雷は無造作に手を突っ込む。
 中から引っ張り出したのは、ネコ科の動物を思わせる、丸みを帯びた自動拳銃だった。
 ベレッタM八四。
 大きくはない。が、十三発もの三八〇ACP弾を飲み込む複列弾倉を納めたグリップは、それなりに厚い。とてもバッグのポケットに収まるものではない。装填された予備弾倉二本と、肉厚のパイプのような部品――銃口に装着する減音器も取り出した。
 ポケットの薄さは見せかけだ。そこは単なる蓋で、手を突っ込めばバッグの内部にまで届く。主に銃器を他人に悟らせにず持ち運ぶためのスペースになっている。別の隠しスペースには重い抗弾プレートも仕込んであった。
 御雷がバッグを手放さないのは、そのためであった。
 薄い手袋を付けてから弾倉を抜く。スライドを引くと、薬室に装填してあった初弾が弾き出された。器用に左手で受け止める。弾丸の先端は凹み、鈍い銀色の光を放っていた。
 弾倉のスプリングの具合を確かめるように、親指で弾を押し出していく。
 空になったベレッタを構えてみる。姿見に映った自分の眉間を狙う。
 自動拳銃の空撃ちは、撃針を傷めることがある。が、御雷はトリガーを引いた。
 当たり前のように撃鉄が落ちた。引き始めから撃鉄が撃針を叩く瞬間まで、銃は微動だにしなかった。マガジンセフティ――弾倉を抜いた状態では撃てなくなる機構――は取り除いてある。最後の一発を撃てない銃は役立たずだ。
 減音器を座卓から取り上げ、ベレッタの銃口に装着する。そのために銃身は長いものに交換され、スライドから伸びた部分の外周にはネジが切られている。
 御雷は予備弾倉をグリップに挿入する。微かな音がして弾倉が固定される。スライドを引いて初弾を薬室に送ると、安全装置を掛けた。弾倉を抜いて今しがた送り出された一発分を補充し、再びグリップに戻す。
 安全装置を解除すると、左手でグリップを握り、親指で撃鉄を押さえながら撃鉄をゆっくりと下ろす。万が一を考えてスライドと撃鉄の間に右手の親指を挟んでやる。仮に、勢いよく撃鉄が落ちてしまっても、撃針を叩く前に親指に当たって止まる。
 安全に撃鉄を下ろした後は、安全装置を掛けない。M八四はダブルアクションオートマティックだ。後はトリガーを引くだけで発射できる。
 満足の唸りを漏らして、御雷は散らばった弾を再び空の弾倉に込め直し、予備弾倉とする。
 銃は、いい。今度は自分の身体だ。
 御雷はシャツも脱いで下着一枚になった。減音器付きのベレッタを持って寝室に入る。銃を布団に置き、姿見の前に立った。
 厚いカーテン越しの日差しが、御雷の白い身体を照らしていた。体毛が殆ど無い。異様に肌が白い。目をこらせば、首筋に僅かな火傷の跡を認めることができるだろう。
 奇妙な体型だった。服を着ているときの「太っている」というイメージとは異なる、浮腫んだような身体がそこにあった。下着に包まれた腰回り自体は細い。全身を脂肪が覆っているのではない。太って見えるのは筋肉がある部分が膨らんでいるからだ。
 御雷は今、全身の筋肉の約二十パーセント程度を、体型の偽装のために使用している。緩んだ体型に見せかけるために、筋力を使う。この逆説的な筋肉のコントロールが、御雷の身体を燃費の悪いものにしていた。
 御雷は不随意筋ですら自己のコントロール下に置くことができる。随意筋ならば筋繊維単位でどうにでもなる。とはいえ、完全に自分のものにするには長い時間がかかったし、そのきっかけについては思い出したくもなかった。
 ――だが、決して忘れることはできない。
 御雷の唇に苦い笑みが浮かぶ。眼は笑っていなかった。
 軽く息を吐き、全身の緊張を解いた。
 音こそしなかったが、骨に全身が軋む感覚が伝わってきた。
 もし俺が痛みを感じる身体であったなら。おそらく床に転がって悶絶しているはずだ。
 そう思わせる変化が、鏡の中で起きていた。
 空気が抜けていくように全身がしぼむ。といっても弛(たる)んでいくのではない。強靱なゴムでできているかのように、張りのある皮膚が筋肉や骨格を浮き上がらせていくのだ。
 鎖骨が浮き出し、精悍な顎のラインが剥き出しになる。頬の肉が締まり、鼻梁の高さが際立つ。
 白い肌のあちこちに、赤い筋が浮かんでは消える。皮膚を継ぎ合わせた跡だ。全身の調整が終わるまで、一時的に血流が変動しているのである。全身を何匹もの赤い蛇がのたうっているようにも、白い空を背景として赤い稲妻が閃いているようにも見える。稲妻は御雷の貌をも這い回った。
 やがて。
 全身の肌が静けさを取り戻した時――別人の顔が、鏡の中から御雷を見返していた。
 くっきりとした眉は涼やかな目元を強調する。鼻筋がすっきりと通っている。唇が紅い。
 白い面差しの中で、紅い唇がほんのりと微笑を浮かべていた。
 野性味がある、とはいえなかった。どちらかといえば中性的ですらある。艶めかしさすら感じさせる――美貌といってよかった。
 深い黒瞳だけが、この男が御雷であることを証明していた。顔つきや体つきは変えられても、眼だけは変えられない。
 一目見たら、忘れられない。今の御雷は美しかった。ただし、見るものを不安にさせる、不吉な美しさである。
 あまりにも印象的すぎる素顔を、御雷は徹底的に利用するつもりだ。素顔こそが裏の顔だ。まさに、俺にふさわしいではないか。
 万一仕事の最中を見られたとしても、目撃者には美貌の印象しか残るまい。ぼんやりした普段の御雷と結びつけて考える奴はいない。
 久しぶりに見る自分の素顔を、御雷はしげしげと観察した。不思議な思いにかられる。
 前に比べて、また顔が変わった気がする。顔面を再建した当初も、美しい容貌ではあった。だが、もっと荒々しい、岩から削り出したような印象の顔に造ったはずではなかったか。
 少しずつ、かつて失った御雷本来の顔面に近付いているような気がする。他人の骨肉を継ぎ合わせた肉体でも、そんなことが起きるのだろうか。長く御雷の一部として彼の脳に支配されることにより、ある種の「最適化」が進行しているのかもしれない。
 この分だと、遠からず身分証明書の写真を更新せねばならない。面倒なことだ。緩やかなウェーブのかかった黒髪が額にかかるのを掻き上げながら、そう思う。髪も少し切りたいところだが、それでは講師姿になったときに不自然になってしまう。
 腕時計の振動で意識を引き戻される。体温が三十八度を超えたという警告だ。
 御雷の皮膚は他人からの借り物だ。彼本来の皮膚は炭化して使い物にならなくなっていた。表面上はきれいに体表を覆っているが、発汗機能はない。体表の血流を増やして体温を逃がすことはできる。が、大部分の熱が体内にこもる。あまりにも熱が溜まりすぎれば、内臓や神経が機能不全を起こし、行動不能に陥る可能性がある。
 御雷の時計は、頑丈さを売りにしている国産メーカー製の量産品に見える。だが、実体は二段階の警告機能を追加したスペシャルモデルであった。皮膚との接触面にセンサーを仕込んである。三十八度で一度目の警告。四十二度で二度目の警告を発するように設定してある。音ではなく振動で知らせるように御雷がリクエストした。平凡なデジタル時計だが、もともとロレックスやオメガ等には興味がない。必要にして十分であれば、それでよい。
 ひとまず身体を冷やさねばならない。
 御雷は億劫そうに下着を脱いで風呂場に向かう。一歩ごとに皮膚の下で太い筋肉の束が動くのが見える。レースに向けての調整が完璧に仕上がったサラブレッドのように、静かな歩みの中にさえ筋肉の躍動を感じさせるのである。しかも、ネコ科の猛獣のような、重さとしなやかさがある。
 優しげな顔立ちに似合わぬ凶暴な肉体。そのアンバランスさすらも、御雷の魅力である。
 脱衣場に、場にそぐわぬものが置いてあった。大型の製氷機である。
 御雷は洗面器に氷を山盛りにし、何杯も湯船に放り込んだ。三分の一ほどの深さまで氷で満たされると、そこへ湯ではなく水を注ぐ。大量の氷水が湯船を満たした。
 御雷は躊躇うことなく身体を湯船に滑り込ませた。
 冷たい。そう感じるだけだ。冷たさを苦痛だと感じることはない。
 反射で皮膚に鳥肌が立とうとするのを抑え、逆に皮膚の血管を拡げてやる。大量の熱が奪われていく感覚が心地よかった。意識が冴えてくる。御雷が立ち上がるのと、腕時計が体温が安全域に入ったことを知らせたのはほぼ同時であった。
 ざっと身体を拭き上げると、御雷は再び姿見の前に戻る。
 角度を変えながら、丹念に自分の身体を調べた。性器の裏や肛門の周辺までくまなく目視する。
 あった。
 右腰の後ろにわずかな傷がある。そこが赤く化膿しかけていた。御雷は入念に抗生物質入りの軟膏を塗り込んだ。
 痛みを感じない者は、肉体を雑に扱いがちだ。些細な傷を放置したがために取り返しの付かない状態を招きかねない。痛みは肉体を防衛するための重要なシグナルだ。それを失っている以上、別の方法で我が身を管理し、維持しなければならなかった。毎日、こうやって鏡でチェックするのが習慣になっている。
 御雷にとっては、自らの肉体もまた、銃と同じく点検し手入れしながら使用する道具であった。道具は常に最良の状態を保たねばならないと考えている。
 かつては彼の肉体をモニターし、管理してくれる人がいた。今は、いない。
 俺は独りなのだ、と思った。そして、それが菊池が漏らした言葉と同じであることに気付いた。
 新しい下着を身に付け、布団に寝転がる。ベレッタは枕の下だ。空腹よりも疲労が問題だ。菊池のおかげで予想外に消耗した。忌々しく思うと同時に、彼女が銃撃された事件について調べてみようかとも思う。使えるカードが増えるかもしれない。
 少し眠ろう。眼を閉じると、眠気はすぐにやって来た。
 薄れ行く意識の中で、御雷は一人の男の半生に思いを馳せていた。
 御雷晃(みかづちあきら)――御雷武の父親である。

      3
 御雷晃は四国に生まれた。まだ、日本がとてつもなく貧しかった時代である。両親と、妹がいた。
 「必ず帰る」と約束して故郷を離れた父は遂に戻らず、母は猫の額のような畑で野菜を育てたりしながら、どうにか親子三人が生き延びていた。その母も、晃が十歳の時に死んだ。
 もともと病弱ではあったが、貧しさが母を殺したのだ、と晃は思った。
 親戚は何人かいた。
 残された兄妹を誰が引き取るか、話し合いが持たれた。
 妹は大阪に住む母方の伯母に引き取られることになった。それ以来会うことはなかった。妹がどうなったかは知らない。色が白くて黒目がちな、可愛い女の子だった。
 晃を進んで引き取りたいという者はいなかった。誰も彼も、成長期に入る男児を養うだけの余裕はなかったのである。縁者が責任の押し付け合いをしている中で、晃は沈黙を通した。こいつらのところに、自分の居場所など無い。
 誰かが半ばやけ気味に尋ねた。「晃よ、お前はどうしたいのだ」と。
 晃に迷いは無かった。
「ぼくは、天狗の爺っちゃんのところに行きたい。」
 天狗の爺っちゃんとは、母方の大叔父のことであった。晃の祖父の妹――大叔母の夫である。
 得体の知れぬ男であった。
 何をして収入を得ているのか、よくわからない。
 ある日、ふらりと町にやって来て、いくつか揉め事を解決した縁で大叔母と結ばれた。
 家族は猛反対した。が、何より大叔母が彼に惚れ込んでいたことが決め手となった。足が不自由な娘が行き遅れになることを案じた両親の決断もあって、二人は一緒になった。
 妻が暮らしやすいように配慮して建てられた、小さな一軒家に移り住んだ。
 夫として、彼は完璧であった。
 足が不自由な妻にできないことをさりげなく自分がこなし、妻にできることについては全く口出しすることなく、まかせた。米櫃が空になることは決してなく、心配されたような、実家に金をせびるような事態は全く起きなかった。
 変わり者ではあった。
 時々、現れたときと同じくふらりと姿を消す。その期間は数日であることもあれば、数カ月に及ぶこともあった。
 妻は心配しなかった。夫は必ず、自分が家を空ける間、妻が困らないように準備をして姿を消すからだ。それを見れば、いつ頃帰ってくるかおおよその察しが付く。
 強い女であった。家に従う慣習も、身体的なハンディキャップも、彼女には関係ない。
 自分の生き方は自分で決めるのだ。
 当時の日本社会の実情を考慮すれば、破天荒ともいえる意識の持ち主である。
 そういう意味では、二人は似合いの夫婦であった。仲睦まじく暮らす二人には、残念なことに子が生まれなかった。だから、晃の母親を実の娘のように可愛がっていた。それは彼女が結婚して晃や妹が生まれても変わらなかった。事ある毎に遊びに来るように誘われる。
 意外なことに、生真面目を絵に描いたような父と変わり者の大叔父は、実に気が合った。二人して山に入ってみたり、釣りに行ったりする。大きな岩の上で座禅を組んでみたりもする。成長とともに、晃も連れて行ってもらえることが多くなった。
 時には山中で体術の手ほどきを受けることもあった。森の中に少しばかり開けた石原が道場だった。
 大叔父は、奇妙な体術を身に付けていた。身が軽い。ばかりでなく、疾(はや)い。初老の男とは思えなかった。相手の突きや蹴りを躱し、あるいは受け流す。かと思えば大きく踏み込んで自ら鋭い蹴りを見舞う。静のようで烈。柔のようで剛。水が凍り、また蒸発するように、自在に姿を変える。大叔父の動きにはつかみ所がなかった。
 それでも、晃にはわかる。この男は、強い。晃は魅了された。彼が大叔父のことを「天狗の爺っちゃん」と呼ぶようになったのは、このときからだ。
 もう一つ晃を驚かせたことがあった。
 父の技だ。大人しく、声を荒げたり家族に手を上げたりすることなどなかった父が、これほどやるとは。一度だけ、父と大叔父が真剣に立ち合うのを見たことがあった。

      4
 二人とも、空手着に似た道着を着ている。裸足だ。
 先に仕掛けたのは父の方だった。
 顔面に正拳を叩き込む。
 大叔父は退かなかった。僅かに頭を動かすことで、拳を避けながらその腕に自らの両腕を絡めた。ひねる。
 肩の関節を決められて、父がそのまま投げられる。いや、折られるのを避けるために自ら飛んだのだ。倒れた父の腕に今度は大叔父の両脚が絡みつき、肘の関節を取ろうとする。
 父は寝技を嫌って力任せに腕を振りほどく。立ち上がると眼前まで大叔父が迫っていた。左の拳が僅かに揺れる。
 顔面。避けるか、庇うか。
 迷ったのは一瞬だった。身体が反応していた。
 瞬間的にのけぞった父の顎先を熱い風が吹き抜けた。大叔父が左の拳を餌にして顎への前蹴り――ハイキックを放ったのである。驚くべきバネと、柔軟性である。
 本能的に避けた父を褒めるべきだったかもしれない。だが、そこまでだった。
 一旦吹き抜けた大叔父の蹴りは、物理法則を無視したように、そのままの勢いで吹き戻った。父の後頭部が鈍い音をたてる。身体がぐらりと揺れた。
 大叔父の動きは鋭かった。父の両手首を掴み、背負い投げの要領でぐるっと自らの身体を回転させる。父の腕が交差し、両肘の関節がみしりと軋んだ。
 そのまま投げれば両腕は折れる。のみならず、受け身も取れず頭蓋骨が砕けるだろう。
 晃は父の死を覚悟した。同時に大叔父の業(わざ)にさらに引き込まれる自分を感じている。眼は閉じなかった。
 投げる動作に入った大叔父は、父の腕が折れる寸前で手を離してやった。腰の力だけで投げ飛ばす。その身体が頭から地面に叩きつけられようとした瞬間、大叔父は父の頭を真横から蹴った――と見えたが、実際には頭を素早く、しかも柔らかく「刈った」のである。大叔父の足を中心にして、父の身体がくるりと回った。尻から地面に落ちる。
 そのまま大の字になって、大きく喘いだ。
「参りました。やっぱり、敵わないな。」
 対する大叔父は息一つ切らせていない。地力が違いすぎるのだ。
「お前さんも、素人にしては大したもんよ。これだけ遣える奴はそう多くない。『経験』さえ積めば、なかなか面白い人材なんだがなぁ。如何せん、お前さんは優しすぎる。」
 照れたように父は笑った。学者然とした風貌を、晃は覚えている。
「ぼくは、臆病なんですよ。今だって、征(い)くのが怖い。だから鍛えてもらってるわけです。」
 大叔父の笑顔は、少し哀しそうだった。
「これが弾よけになるとは思えんが、な。…無事に帰って来い。また、続きをやろう。」
 気まずい沈黙が流れた。
 それを破るように、父が口を開いた。
「ぼくに万一のことがあったら…晃のことをお願いできませんか。」
「儂の素性を知って、頼むのか?」
「知っているからこそ、ですよ。いずれ、国同士の争いも収まります。そのときは、あなたの国へ連れて行ってやってください。」
 なぜ、「妻と子を頼む」と言わなかったのか、晃にはわからない。
 大叔父は、「ふむ…」と言ったまま、顎に手を当てて晃を見た。そして、尋ねた。
「晃よ、儂と父さんの闘いが見えたか?」
 晃は頷いた。そして、見たままを語った。大叔父の片眉が上がる。
 驚いているのだ。
「たしかに、この子はお前さんより才能があるかもしれんな…よかろう。晃よ。他に誰も頼れないと思ったら、儂の所へ来い。それが、お前にとって幸せなのかはわからんがな。」

      5
 それが、父と大叔父、そして晃が共に過ごした最後の時間になった。
 父は旅立ち、数年後に母は死んだ。その間に、優しかった大叔母も亡くなっていた。
 自分の生きる場所を選ぶ。その選択を迫られたとき、晃は迷わず大叔父の養子となることを選んだ。
 こうして、晃は御雷晃となった。御雷は大叔父の姓である。
 養父となった大叔父は、自らを「父」とは呼ばせなかった。お前の父はあの男だけだろう、と言った。では、日常生活でどう呼べばいいのか。名前で呼べばいいのか。
 そういえば、大叔父の名を晃は知らなかった。だから尋ねた。
 大叔父はポリポリと鼻を掻きながら笑った。数年の間に白髪と白髯が目立つようになったが、表情は若々しい。体は絞られ、腰も背も真っ直ぐだ。
「儂の名か?建よ。御雷建(みかづちたける)が儂の名よ。日本の神話に建御雷(たけみかづち)という神が出てくるんだがな。儂の父親がそういう方面にかぶれていたらしくてなぁ。ほれ、英語風に言うとタケル・ミカヅチ――建御雷になるじゃろう?まあ、言葉遊びだな。神の名など仰々しくて使えるものかよ。それで今までうやむやにしていたわけさ。」
 呵々と笑い飛ばした後で真顔に戻る。
「そうはいっても、何か呼び方は考えねばならんなぁ。ところで、晃よ。お前は儂の所でどんな人間になりたいのかね?」
 晃は即答した。
「一人で生きていけるだけの力が、欲しい。」
 建の瞳が底光りを見せた。すっと眼を細める。
「ならば、儂のことは町の連中同様『先生』とでも呼ぶがよかろうよ。お前に、儂の知る限りのことを伝えてやろう。」
 晃は、父と師の両方を得た。
 実家を始末した金は、両親の弔いを行い、墓を建てて今後の供養を寺に頼むと粗方消えた。残りは妹に持たせてやった。
 先生は、それでいい、と言った。晃はわずかな身の回りの品だけを持って御雷家に入った。
 食事の支度は先生と交代で行った。玄米を基本に、様々な副菜が付いた。野草の見分け方、魚の取り方、猟の仕方も学んだ。
 実際、細々とした食い物には事欠かなかった。建を「先生」と慕う近所の者たちが、何くれとなく世話を焼きに来てくれる。
 白髪を後ろで束ね、長い髭を伸ばした姿は、ヨガの行者のようにも、ある種の求道者のように見えなくもない。が、丸いサングラスを掛け、このご時世に派手なアロハシャツに短パンでうろつく姿は不良老人以外の何者でもない。誰にでも気さくに声を掛けた。
 暴力沙汰を解決するだけではない。何となく、悩み事を相談したくなるような雰囲気を、先生は持っていた。事実、どんな些細な相談にも耳を傾け、的確な助言を与えることを、ここに住み着いた当初から続けている。
 今では周囲の住民たちから厚い信頼を得ているのであった。それは養子である晃にも及んだ。豊かな町ではなかったが、学用品や制服のお下がりを届けてくれたおかげで、学校にも通うことができた。
 晃は学校での勉強も好きだったが、家で先生から学ぶことの方が面白いと感じていた。
 体術の鍛錬はもちろん、「鬼ごっこ」と称して先生を捕まえるために山を駆け巡った。夜は囲炉裏の端で、先生の体験談を聞いた。若き日に、西蔵(チベット)へ渡った話。様々な国々を渡り歩き、やがてアメリカ合衆国に落ち着いたこと。今もアメリカの国籍を持つ人間であること。その彼が妻と出会い結ばれるまでのロマンス。
 それぞれの物語には高度に政治的な話や歴史の情報が含まれていた。また、よくクイズを与えられた。それを通して、晃は理科や数学の高度な知識を蓄えていった。。英語で会話することにも習熟した。
 新聞配達をする、という晃の申し出を先生は断らなかった。子供にそこまでさせるほど貧しくはなかった。が、自らの食い扶持は自分で稼ぐという晃の心根が嬉しかったのだ。
 初めは自転車で回ったが、すぐにランニングで回るようになった。まだ目覚める前の町を、稲妻のように駆け抜ける。その足さばきと身体の切れは、体術の修練そのものだ。
 中学に上がる頃には、晃の体術はほぼ先生と同じレベルに達していた。まだ使えない技はある。しかし、それを習得するには十年単位の時間が必要であった。
 先生は言った。
「こんなものを会得する時間があるなら、もっと別の、もっと役に立つことを学ぶべきだな。儂は技を極めるために仙道にも手を出した。が、なれたのはただの仙人崩れよ。」
 晃は、まったく同感であった。先生が西瓜を手も触れずに破裂させるのを見たことがあった。西瓜が内側からはじける瞬間、西瓜に向かって突き出した先生の手の平から何かがスパークした――ような気はした。
 ただ、それだけのことだ。西瓜を割りたいなら棒で打てばよい。包丁を使えばきれいに切ることができる。用途に見合った道具を使った方がよほど早くて合理的だ。
 建はこう言っているのだった。「人を殺すには、それができるだけの技と力があればよい」と。
 怖い爺(じじい)であった。
 一人で生きていけるだけの力が欲しい。
 幼い晃の願いを受けて、養父は我が子を鋭利な刃物として鍛え上げることを選んだ。
 建は偶に、晃の父に問うことがある。
本当に、これでよかったのか。
 無論、死人が答えることはない。
 建は、このようなやり方しか知らぬ男であった。晃を愛するが故に、己の知る殺しの技を徹底的に仕込んだ。
 その努力は、晃が中学二年生のときに実を結んだ。
 学校から遅くに帰宅した晃が、短く「今日、人を殺した」と言ったのである。
 中学校に上がってから、晃は陰湿ないじめを受けるようになっていた。地元の小学校で共に学んだ者から、ではない。他所の小学校出身の同級生によって、である。晃の通う中学校では、三つの小学校出身の生徒たちが学んでいる。
 晃たちが住む、比較的貧しい町の生徒は、裕福な者が多い山の手の生徒たちから蔑まれていた。いじめを受けるのは晃ばかりではない。親同士が雇用者・被雇用者の関係だから、子供の間にも力関係が生まれる――そういう時代であった。
 金は要求されなかった。十分な小遣いを馬鹿な親が渡すからだ。それに、貧しい者から得られる金銭などたかが知れている。その代わり、面白半分の暴力の対象になった。廊下の隅で、便所の中で、事ある毎に殴られる。「女のような顔をしているから」という理由でも、晃は殴られた。
 晃は抵抗しなかった。素人の打撃をダメージなく受けることは難しくなかった。骨まで響くような建の拳に比べれば、蚊に刺されるほどの痛痒もない。眼や頭部等に致命的な傷を負うことだけは注意深く避けた。
 時にはあからさまに眼を狙ってくる馬鹿もいる。そんなときは、さすがの晃も殺意を覚えた。この、糞虫どもめ。
 それでも耐えていたのは、建との平穏な生活を守るためであった。奴らを叩きのめすのは簡単だろう。だが、日常の生活に波風を立てるのは気が進まなかった。もう、家族を失うのは御免だ。
 ある日の帰り道。晃は人気のない空き地近くで女の悲鳴を聞いた。時々、日のあるうちから強姦事件が起こるような場所である。
 晃が現場に駆けつけたときは、既に手遅れだった。空き地の奥、背の高い叢の陰。ぐったりした女の身体から身を離し、スボンを上げているのは、毎日飽きることなく晃を殴り続ける、あの同級生だった。もう1人、先に行為を終えて身支度を終えている奴も、そうだ。この二人が、不良どもの中心人物――特に裕福な成金息子と市議の息子である。
 女の方にも見覚えがあった。近所に住む同級生だった。蹂躙された肌の白さが、痛々しく晃の目を灼いた。先生の息子になって、初めてできた友達であった。
 お前たちは、弱い者に対して、ここまで残酷になれるのか。
 そんな奴らは、この世から消えればいい。
 怒りとは裏腹に意識は醒めていた。極めて何気ない調子で声を掛ける。そうだ、俺は何も気付いていない。偶々通りかかっただけなのだ。演じきる自信が晃にはあった。
「あれぇ。こんなところで何してるの。」
 間抜けなまでの脳天気さで声を掛けてやる。
 いきなり声を掛けられて、二人の糞餓鬼はびくりとした。強姦――婦女暴行ともなれば、少々の金や市議程度の地位では揉み消せない。しかし、親告罪だ。被害者当人に口止めし、むしろこの件で脅して好きなときに欲求の捌け口とするつもりであった。目撃者さえいなければ、それも可能だっただろう。
 恐る恐る振り向く。目撃者が晃だったと知るや、彼らの眼に嗜虐の火が灯った。散々殴ってきた相手だ。少しくらいやりすぎてもいいんじゃないか?
 市議の息子がポケットからナイフを取り出すと、もう一人は心得たとばかりに晃の背後に回る。退路を断った…つもりなのだろう。ナイフの刃がスプリングの力で自動的に起きる音を晃は聞いた。
 下衆め。俺を殺して口を塞ぐつもりか。強姦だけならともかく、死体が転がれば警察が執拗に動くだろう。そうなれば、この娘もお前たちのことを喋らずにはいられなくなる。そんなこともわからないほど、お前たちは馬鹿なのか?
 俺なら、と晃は考える。差し当たっての正解は二つだろう。一つは、俺にもこの娘を犯させて共犯にすること。二つ目は、俺達を二人とも殺してしまうこと。
 市議の息子が構えたナイフの刃先は震えていなかった。少しだけ、晃は感心する。迷いはないらしい。もしかすると、俺を殺した後で娘の口も封じる気かもしれない。
 だったら、なおのことお前たちには消えてもらわねばならぬ。
 内心を押し隠して、晃は刃に怯えた演技をする。逃げ道を探す振りをして、二人を視野に納める位置に立つ。恐怖で震える動きにカムフラージュして、細かく角度と位置を調節した。
 今にも大声を出す――ような素振りを見せてやる。たまらず市議の息子が動いた。晃の胸板を貫く勢いでナイフを突き出して突進する。横向きの刃が本気の証だ。
 十分引きつけて、晃は「ひゃあっ」と小さく悲鳴を上げた。娘に聞かせるためだ。腰を抜かしたように尻餅をつく。刃の軌道上から晃の身体が外れる。
 理不尽な暴力を受け、ショックから醒めていない娘には、晃のしたことは見えなかった。
 晃は尻餅をつきながら、ナイフを突き出した肘――制服の生地を一瞬摘まんで下に引いた。それじゃ高すぎる。刺すなら、ここだ。
 そして、爪先をちょいと引っ掛けてやる。
 市議の息子はつんのめった。ナイフは止められない。仲間の右脇腹に深々と突き刺さる。肝臓だ。
 呆然とする市議の息子の右膝の裏を蹴る。晃の動きは速すぎて誰にも見えなかった。蹴られた当人すら突然自分の右膝から力が抜けたようにしか感じられなかった。大きくバランスを崩す。
 右の腹に刺さっていたナイフは、そのまま皮膚と肉を切り裂き、左に抜けた。おびただしい血液とはらわたを撒き散らして、成金息子は崩れ落ちた。声を出す間もない。返り血を浴びて市議の息子は恐慌状態に陥った。
 奴が暴れ出すようなら晃は自らの手で屠るつもりだった。が、案に反して、市議の息子はナイフを放り出して泣き出した。
 甘ったれた糞餓鬼を放置して娘の所に行く。服を着て、家に帰れ。
 娘が姿を消すのを待って、晃は声を張り上げた。
「人殺しだ!」
 警察で一通り事情を聞かれた。強姦事件以外のことについては正確に説明した。市議の息子も女を犯したことは話さなかったようだ。
 状況は明らかだった。日常的に彼らからいじめを受けていたこともあって、晃は危うく調子に乗った馬鹿餓鬼共に殺されかけた被害者ということになった。馬鹿が、間抜けなミスで御仲間の馬鹿を刺してしまった。それだけの、事件と呼ぶのも阿呆らしくなるような出来事。
 そんなことを、ぽつりぽつりと建に語った。
「人を殺して、どう思った?」
と養父は尋ねた。無表情に息子は答えた。
「簡単だった。思ったより簡単に死ぬんだな、人間って。だけど…。」
 溜め息をついて付け加える。瞳に強い光が宿っていた。
「ねえ先生。いくら強くなっても、誰かを助けるのは難しいことなんだね。」
 御雷建は、晃が完成したのを知った。日本でできるのは、ここまでだ。
「晃よ、行ってみるか。アメリカへ。」    

      6
 夏休みを待たずに二人はアメリカへ渡った。血生臭い事件で受けたショックを癒やすため、と学校には説明した。家庭では、中学レベルの学習などとうに終えているから、学業の遅れを気にする必要はなかった。
 犯された娘とその家族は、事件後すぐ夜逃げ同然に町から去っていた。
 なぜ被害者が後ろめたい思いをしなければならないのか。
 晃には、そこが理解できない。身に付けた業(わざ)は限りなく完成に近い域にあっても、まだ子供なのであった。
 凄まじい切れ味を持ちながら、その生かし方を知らぬ刃のような子供。とてつもなく危険な存在を導くために、建はアメリカの地を選んだ。
 建が運転するランドクルーザーの助手席で、晃は飽きることなく風景を眺めている。
 取り立てて何かがあるわけではない。
 むしろ、何もない。
 それが物珍しくて、地平線に伸びる真っ直ぐな道と、時たま灌木がまばらに生えているだけの大地を眺めている。日差しが強い。
 もう一ヵ月近くも、こうして自動車の旅を続けている。地図を持たぬ晃には、すでにどの辺りを走っているのか見当も付かない。
 それでも夕方までには必ずモーテルに辿り着き、ちゃんとベッドで眠れるのだった。
 地図は建の頭の中にある。そもそも、この旅自体が以前から予定されていたものなのではないか。
 晃はそんなことを思ったりする。パスポートを初め、準備が整いすぎていた。
 それも、些細なことだ。今、乗っているランドクルーザーもレンタカーではない。それにも別に驚かない。
 先生には先生の、人生というものがあるのだ。晃が知っているのは、決して建の全てではない。それを知っているから、驚かない。
 何よりも、晃はアメリカの空気に魅せられていた。
 貧しい日本とは比べものにならない活気と、富が溢れている。感動すら覚える、とてつもないサイズのステーキ。毒々しいまでに派手なパッケージの商品で埋め尽くされたスーパーマーケット。そして、様々な肌の色の住民たち。
 何もかもスケールが違いすぎた。
 戦後日本人が、自らの国を占領したアメリカという国に対して、憎悪よりも憧れの方を強く持った理由。それを、理屈抜きに肌で感じている。当時のアメリカは、実に魅力的だった。それから数十年後にはある種の閉塞感に苦しむ国に転落するなどとは、誰も予想していなかった時代である。
 様々な町に滞在し、生活することで、晃は少しずつアメリカ人の生活というものに慣れていった。若いだけに順応力も高い。
 レストランではウェイトレスにジョークを飛ばしながら、快活に注文する。スーパーではレジの女とたわいもない世間話をしたりする。女たちは、美しい東洋人の少年を見て、ほぼ例外なくぼうっと霞んだような眼になるのだった。
 「無自覚かもしれんが、こいつにはジゴロの素質がある…」と、苦笑交じりに建は思う。
 一見、髪の短い少女といっても通りそうな優しげな面差しは、母親によく似ている。東洋的な滑らかさと、彫りの深さが奇跡のようなバランスで同居しているのは、何世代か前の先祖であるロシア人のハーフから受け継いだものかもしれなかった。肌が、白い。日頃の鍛錬で鍛え上げた肉体は凶器のようだが、服を着ている限りは細くてしなやかに見える。
 これは、早いうちに女を教えて、欲望をコントロールする術を身に付けさせるべきかもしれない。女を快楽を得る道具だと割り切ることと、一人の女性を全身全霊を掛けて愛することは両立する。
 建はそう考えている。晃にも、そう思えるだけの伴侶が現れてくれればいいのだが。早くも孫の顔を見たいと願っている自分に気付いて口元を歪めた。晃がどんな名前を付けるのか楽しみであった。
 アメリカでの生活が板に付くにつれて、晃はこの国の暗部にも目が行くようになった。 麻薬、売春、ごろつき――そういったものは、どこの街でも出会うことができた。
 日没とともに、街は表情を変える。
 表通りから道を一本入っただけで、そこは危険な領域となる。
 建はわざとそういう場所を選んで車を走らせる。
「誰とも目を合わせるなよ。見つめるのも無しだ。気になる奴がいたら言ってみろ。」
 殆ど唇を動かすことなく助手席の晃に言う。
 ぼんやりと前方に眼を向けたまま、晃も唇を動かさずに応じる。
 次々と路上から人間をピックアップする。
 街灯の陰にいるのは?―――売春婦だ。安物さ。
 駐車場の奥にいる奴は?―――麻薬の売人だろうな。ちょうど客が来たようだ。
 見えた。本当に客なの?―――わかったのか。客のふり、だろうな。
 この後捕まるってこと?―――そういうことになるな。ただし、今日じゃない。
 まだるっこしいね。―――捜査ってのはそういうもんなんだよ。一人殺して話が済めば簡単なんだがね。
 そこの路地にも何人かいるみたい。―――チンピラさ。カモが来たら強盗に早変わりってな。
 対向車の運転手。何か変だ。―――ああ、あれはハンターだ。
 ハンター?こんな街中で?―――自分を餌にして狩りをするのさ。
 ふうん。仕事?趣味?―――両方、だな。義務感ってやつで動く奴だっているさ。さっきのはプロだな。
 ぼくらと同じ眼の使い方をしてたもんね。―――そういうことだ。ボランティアでやってるんじゃないな。相当鍛え込んでるぞ、あれは。
 まどろっこしい捜査をやるのが警察なんじゃないの?―――だから捜査じゃない。掃除だよ。連邦捜査局だって手早く済ませたいことくらい山ほどあるさ。
 FBIが、ねえ。―――ま、仕事じゃなくて自主トレかもしれんがね。だとしたらいい心がけだよ。
 通りを抜けた。
「晃はハンターを見たのは初めてだったな。」
「要するに、危なそうな場所にわざと入って、犯罪者を始末するんでしょ。」
「仮に殺人事件が起きたとしても。」
「殺されたのが犯罪者なら、警察も真剣には捜査しない…本当かな。」
 建は器用にウインクして見せた。その仕草を見て、晃は自分も練習してみようかと思う。
「結果として治安がよくなる。悪党共に対する警告にもなる。警察が表立ってできない仕事を彼らがやってくれるわけだな。そのあたりは、上の方である程度話が通っているのさ。」
「本音と建て前ってやつ?」
「ちょっと例えがズレているような気がしないでもないが。」
 建は面白そうに笑った。
「腕の立つ民間人に銃器を携帯させて、ハンター業を委託するというFBIの試みは、既に開始されている。効果が認められれば、将来的には委託ハンターの数を増やす計画もあるそうだ。実際には正規のエージェント―――捜査官が実地研修を兼ねて行うこともあるし、さっき言ったように、純粋に個人的なトレーニングとして狩りを行う者もいる。」
 それに、と付け足した。
「大学からFBIアカデミーに行くだけが捜査官になる方法じゃない。非公開の捜査官ってのもいるんだよ。」
「よく、わかんないよ。」
「そうだな、こう言えばいいかな。ある分野で特異な才能や能力を持つ者を、FBIは欲しがるのさ。便利な手駒としてな。それは、詐欺の名人であったり、優秀なギャンブラー――イカサマ師であったり、様々だ。車泥棒といえども超一流の腕前なら貴重な人材だ。」
「殺しのプロも、かい?先生みたいな。」
「『荒事のプロ』と言って欲しいね。人聞きが悪いからな。」
 どう言い換えようが中身は同じだろうに。晃は鼻を鳴らす。
「ともかくだ。そういう、ちょっとまともじゃない連中の中からも、適性のありそうな奴が選抜されて大学へ行き、FBIアカデミーで学ぶことだってないわけじゃない。『公式だが非公開』という扱いで、能力を生かした仕事に就くことになる。」
 ちらっと晃に視線を走らせる。
「次の街で儂らもやってみるか。」
「何を?」
「ハンターの真似事さ。」

      7
 また一日走り通し、ある地方都市に入った。大きい。碁盤の目のように整然と道路が走っていた。
 夜になっても煌々と輝く、不夜城を思わせる一角がある。
 光が強ければ闇もまた濃い、という。しかし、この街では光も闇も同種のもののように晃には思えた。
 不夜城―――眠らないのは人の欲望だ。毒々しいネオンサインの下で営々と続けられるのは、飽きることのない消費と埒もない駆け引きだ。欲が富を生み、富が欲を引き寄せる。その周辺に引きつけられる闇も、実は光の別の姿なのだと感じている。
 猥雑な街は面白い、と晃は思う。生々しい営みの気配に満ちているからだ。
 昼の間に情報の収集は済ませてあった。
 町中を回りながら、様々な店に顔を出してみる。
 飯を食う。コーヒーを飲む。宿に持ち込む食料品を調達する。本屋に寄る。服を買う。
 チェーンのファストフード店には寄らなかった。一度だけ入って、晃は懲りていた。舌が馬鹿になりそうだ。ハンバーガーは個人経営店で食うべきだ。
 得られる情報は雑多でまとまりのないものであったが、それでも二人が旅行者だと知ると決まって忠告してくれる事があった。
 あそこには、近寄らない方がいい。…否。それこそが彼らが目指す場所であった。
「女の子連れなら、特にね。」
 しげしげと晃を見ながら、ある女店主は建に釘を刺した。
「孫娘を売春婦にされたくなかったら、絶対に行っちゃ駄目よ。」
「気をつけるよ。ありがとうな。」
 買い物袋を抱えて二人はランドクルーザーまで歩く。
 晃は細身のジーンズを履き、薄手のパーカーを羽織っている。大分髪も伸びた。黙っていれば、胸の薄い少女だと言っても通用するかもしれない。身長だって、本格的に伸びるのはこれからだ。
「さっきの女が言ってたのを、ひとつやってみるか。」
 建の呟きに、晃は露骨に顔をしかめた。
「女の子役をやるの?ばれないかな。」
 ふふん、と建は笑った。ばれるもんか。今日だって、お前が男だと気付いた奴は誰もいなかっただろう?
「特別な演技は何もせんでいいよ。無口な少女っぽく、大人しく儂の後について歩いていれば、向こうからやって来てくれるさ。お前がうっかりガニ股で歩いたり、その辺で立ち小便さえしなければな。」
 晃の歩き方には、基本的に癖がない。鍛錬の過程で、身体の偏った使い方をしないことを叩き込まれているからだ。だから、立ち姿が美しい。何気なく歩を進める姿が美しい。東洋人が若く見られる常で、実年齢よりも幼く見てもらえることを期待できる――とはいえ、実年齢もまだ十四歳なのだが。
 ともかく、幼い女の子を攫って売春婦に仕立てる連中にとっては、十分な商品価値があるように見えるだろう。特に、薄暗がりの中では。
 狩り場の下見はしてあった。
 ランドクルーザーを停めておく場所も決めてある。
 周辺の道を、路地も含めて隈無く見ておくことも忘れない。
 それでも、通常の狩りに比べて危険が大きいことは否定できない。住み慣れた街とは勝手が違うのだ。
 限られた選択肢の中で、可能な限り綿密に準備し、最良のパフォーマンスを発揮する。
 これは、晃にとって重要な試験だ。
 二人は早めに宿に入り、軽く食事を摂る。
 晃にシャワーを使わせている間に、建は昔馴染みに電話をかける。今夜、やる。
「先生も入りなよ。」
 欠伸をしながら晃が戻ってくる。入れ替わりにシャワーを浴びた建が部屋に戻ると、息子はベッドの上で眠っていた。軽く鼾をかいている寝顔が、実に可愛らしい。
 手の指が長い。ピアノでも弾いたら似合うだろう。拳ダコなどはできていなかった。
 鍛錬の跡を身体の特徴にしてはならない。
 銃創や刃物傷も同じだ。可能な限り避けるべきだと建は考える。
 癖のない身体。癖のない身のこなし。
 それがあるからこそ、自分は誰にでもなれる。少なくとも、建はそうやって生きてきた。
 晃にもその教えは確実に受け継がれている。これから生きていく世界では、どんな役にもなりきらねばならない。困難なことだが、必ずやり遂げてくれるだろうという確信がある。
 今、こうやって無防備に眠っている姿すら、ある種の偽装であった。眠り自体は本物だ。だが、もし建が僅かでも殺気を発すれば、それを察して晃は目を覚まし、しかるべき行動に出るだろう。そういうことだ。
 そのような意味では、晃の行動の全てが偽装で成り立っているともいえた。
 それに引き替え自分は――と、建は自嘲気味に考える。
 あまりにも長く、御雷建として生き過ぎてしまったかもしれない。夫として、父として生きてきた何十年かが、自分の牙を鈍らせてはいないか。
 これは、建にとっても重要な試験だった。
 大きく欠伸をして、ベッドに寝転がる。
 養父の鼾は、息子より大きかった。

      8
 午後六時。
 二人はほぼ同時に目を覚ました。手早く身支度を調える。
 晃は昼間と同じ、ジーンズにパーカーだ。整髪料を使って髪の流れを整える。前髪が眉にかかるようにしてやると、顔から精悍さが退き、造形の見事さが前面に出てくる。何度か瞬きして、瞳の強い光を消す。角度を変えて鏡で確認する。やや短く髪を切りすぎてしまった少女に見えなくもない…か。ごく自然に、右手で髪の毛の先を触ってみる。切りすぎているのを気にしている仕草だ。
 建も昼間と同じジーンズだが、Tシャツの上にアロハではなく地味なチェックのシャツを羽織っていた。さらに薄手のベストを重ねる。
 宿の外は肌寒かった。暖気もそこそこにランドクルーザーを発進させる。そのまま、フリーウェイに向かった。
 一時間後、狩り場に程近いコーヒーショップでくつろぐ建と晃の姿があった。
 窓際の席で向かい合い、たわいもない話に華を咲かせている。
 晃は笑うときに手で口元を隠した。時々、ガラス窓に顔を映して、切りすぎた髪を気にする仕草を見せる。
 そうやって、晃は店内の様子を観察している。尾行者の有無を確認するためにショーウインドウの前で立ち止まるのと、原理的には同じだ。
 店内の男たちの中には、明らかに晃を意識している者がいる。
 無駄な肉がないために細く見える顎から首筋が見えるよう、晃は襟のある服を着ていない。パーカーの首もとから、鎖骨の鋭い線が僅かに見えるようにしてある。
 下品にならないように。無防備に、そして無邪気に見えるように。
 晃は今夜の狩りの餌が自分であることを十分に理解していた。
 もしかすると、この店内にも悪党の仲間がいるかもしれない。商品価値のある女を見付けたら、そのまま後を付けて攫おうとする可能性は、ある。
 組織的に犯行を重ねているならば、この店自体が悪党の巣になっていることだってないとはいえない。コーヒーに睡眠薬でも混ぜておけば、後で仕事をしやすくなるだろう。
 そんなことを考えながら、晃はドーナツを食べ、コーヒーを飲んでいる。
 ここは大手コーヒーショップのチェーン店である。樹脂製の蓋付きカップで供されるコーヒーに薬物を仕込んでくる可能性は低い、という判断である。
 甘いものは好きだが、コーヒーはブラックがいい。幼い外見とのギャップに気付く者はいない。
 傍目にはアジア系の祖父と孫娘がくつろいでいるように見える。旅行者か、それとも帰宅前の一休みか。この店には、様々な人々が訪れる。常連客よりも通りすがりで立ち寄る客の方が多い日もあるのだ。
 だから、客も店員も、素性というものを気にしない。
 ただ、白髪と長い髭が特徴的な老人が連れているこの娘は、人目を引いた。東洋人の常だが、年齢はよくわからない。おそらく十代の前半――エレメンタリィスクールに通っている年頃かもしれない。
 この娘が成長した姿を見てみたいものだ。
 そう思わずにはいられない雰囲気を纏うことに、晃は成功していた。
 店の前を行き交う自動車が少なくなってきた。歩道の人影も殆ど無い。
 二人は腰を上げた。
「ごちそうさま。」
 晃は小鳥のような声を作って店員に声を掛ける。
「ありがとうよ。気を付けて行きなよ。クルマはすぐそこかい?」
 気のよさそうな店員が笑顔で応じる。
「ううん。少し先の駐車場。十分も歩けば着くから大丈夫。」
 餌は、撒いた。
 晃は建に続いて店から出た。寒い。ぶるっと身を震わせたのは一度だけ。
 街灯はあるが、闇の方が強い。暗さにはすぐ目が慣れた。深夜に山で先生と鬼ごっこをしたときは、本当に怖かった。星明かりしかない山中に比べれば、ここは明るい。
 建の背中が真っ直ぐに危険な路地へと向かっていた。駐車場までの最短ルートだから、おかしくはない。そのような駐車場所を選んである。
 ひょろりとした身体で、ひょこひょこと歩いて行く。晃の視力は、後ろで束ねた白髪と、ベストの赤を鮮やかに捉えている。
 横に並ぶのではなく、二人は前後の位置を保ったまま進んだ。
「晃よ…。」
 歩調を変えずに建が低く言った。英語で、である。日本語は二人きりのときにしか使わない。最後に使ったのはランドクルーザーを降りる前だ。建は「躊躇(ためら)うな」とだけ言った。
「わかるか?」
 晃の唇に薄い笑みが浮かぶ。
「来てるね。ぼくらのすぐ後にコーヒーショップを出た奴らだ。二人、だね。」
「前からも来ているな。二十メートル先に、三人。」
 前後から挟み撃ちにするつもりのようであった。途中に脇道はない。一応は頭を使って襲撃場所を決めているらしい。彼らの他に人影はなかった。
 建と晃が前後に位置を取って歩いているのは、いきなり銃撃されないためだ。
 晃を攫うのが目的なら、建を殺してしまえばいい。だが、後ろからは撃てない。晃に当たるからだ。前から撃つこともできない。建の身体を貫通した弾が、晃を傷付ける可能性があるからだ。
 ナイフを使うにしろ銃撃するにしろ、もっと接近する必要がある――相手の選択肢を奪うための一手だ。
 この方法にも弱点はある。
 悪党なりに、場数を踏めば経験値は上がる。男たちの判断は速かった。
 後ろからの足音が速まったのを晃は聴いた。仲間の流れ弾を受けないように路地の両側を別れて歩いていた二つの足音が合流し、慌ただしく迫ってくる。足音を消す技術が拙(つたな)すぎる。
 そうだ。この場合の正解は、死角である後方から直接、目標に――晃に襲いかかり、建から引き離してしまうことだ。
 狙った小娘が俺でなかったなら、それで成功していただろう。お前たちは、運が悪い。
 晃は何の予備動作もなく、追っ手に向き直った。
 ギョッとしたようにたたらを踏んで立ち止まった影が大きい。二メートル近い大柄な男が、二人。今にも晃の肩に手を掛けようとしていた方の手には、小さいがよく切れそうなナイフが握られている。
 すいっ…と晃が動いた。
 無造作に右のローキックを叩き込む。男の左膝が嫌な音を立てた。
 がくんと上体が沈み込む。
 ナイフを握った右手が泳ぐ。その腕に晃の両腕が絡みつく。男の懐に入っていた。
 手首を絞り上げながら関節を極め、一本背負いの要領で投げる。
 自らの体重と投げの加速度で、男の肘が折れた。
 晃は男を投げ飛ばさなかった。頭から路面に投げ落としたのである。
 男には、最後まで何が起こっているのか理解できなかっただろう。硬い路面に激突した頭蓋骨は簡単に潰れた。耳と目からおびただしく溢れ出したものが、冷たいアスファルトを少しだけ温める。
 コロンブスの卵のように奇妙な姿で逆立ちしたまま、男の身体は静かに死の痙攣を始める。漏らした小便がズボンからシャツに広がっていく。
 我に返ったもう一人が懐に手を突っ込む。やっとのことで引き抜いた安物のリボルバーを晃が握った。
 シリンダーを掴んで銃を捻る。トリガーに掛けた男の人差し指は簡単に折れた。
 声もなく蹲ろうとする顎を、晃の掌底が掠めた。脳を揺らされて昏倒する。
 白眼を剥いて気絶した男の喉を、晃は踏みつけた。喉仏の骨が潰れる感触の後、首の骨が折れた。
 ここまで、わずか数秒。
 晃は二つの死体から、ナイフと拳銃を拾い上げる。唇には淡い笑みが浮かんでいる。その視線の先で、建は三人の男と対峙していた。
 瞬時に二人の仲間を失った男たちは、もはや殺気を隠そうともしていない。
 年寄りを殺し、非力な餓鬼を攫う。
 簡単な仕事のはずだった。仕事とも呼べないほどに、簡単な。
 それが、どうだ。一瞬で仲間二人を失った。
 男たちは恐怖していた。だからこそ、逃げられない。
 小娘が見せた技の冴え。あれが子供のやることか。
 目の前の、枯れ木のような爺に背中を向けることができなかった。背を向けた途端に、酷い死が降ってきそうな予感があった。予感というより確信だ。
 だから、逃げるのではなく、殺す。恐怖を殺意に変えられる男たちであった。
 五メートルの距離を取って建と向かい合う。仲間同士も距離を取る。
 娘が見せた技が何なのかはわからない。が、無手の技にとって五メートルの距離は大きな意味を持つ。打撃にしろ組技にしろ、一撃で相手を斃すことができない距離だ。娘との距離はさらに遠い。
 一人が倒されている間に、残りの二人が爺を殺せる。
 経験を積んだ、男たちの動きであった。
 建は彼らをどう扱うのか。晃は興味深く見守っている。拳銃を握った右手はだらりと下ろしたままだ。ナイフは畳んでパーカーのポケットに入れてある。
 人待ちでもしているかのような表情で、ひっそりと立つ姿が美しい。
 左手で数枚の小銭を弄んでいる。一セント硬貨だ。
 もし、建の動きより相手の銃撃の方が速ければ、礫として投げるつもりであった。本来は分厚い鉄の板を四角く切ったものを投げる。軽い硬貨でも薄いベニヤ板くらいは貫通することは確認してある。牽制程度にはなるだろう。御雷の業は、無手の業などではない。暗器はもちろん、使えるものは何でも使う。そのベースとなる、己の身体を使う業を練り上げるのは、当然のことだった。
 男たちの動きは三人同時だった。一斉に懐に手を差し込む。息が合う、とはこういうことか。建はどう優先順位を付けて動くのか。
 養父の赤いベストが一瞬閃くのが見えた。
 男たちの拳銃のグリップを握った手が、上着から出ようとした瞬間。建は横に飛んだ。
 路地を轟音が埋めた。落雷を思わせる音と、閃光で、一瞬目が眩む。
 一連なりに聞こえたと思われたその音が、実はごく短いサイクルで繰り返された六回の発射音であることを、晃の耳は把握している。
 文字通り、ボーリングのピンのように男たちは倒れた。肉がアスファルトを打つ鈍い音に混ざって、薄い真鍮製の空薬莢が転がるときの澄んだ音が響く。
 建はどこに隠していたものか自動拳銃を手にしていた。悪党の動きに先んじて撃ったのである。胸に二発ずつ――つまり、ダブルタップを、三回。
 優先順位を付けず、単純に右端の男から撃つ。ただし、とてつもなく速く。それが建の下した決断である。
 銃のシルエットを見て、晃は「コルト・ガバメントとかいうやつの仲間だな」と思う。
 建は倒れた男をポイントしたまま、ジーンズの尻ポケットから予備マガジンを取り出して交換する。代わりに外したマガジンを尻ポケットに収めた。
「まだ二発残ってはいるんだがな。」
 これは晃へのレクチャーだ。
 男たちの頭部へ、さらに二発ずつ撃ち込む。
 再びマガジンを交換すると、拳銃をジーンズの内側に差し込んだ。鋼の銃本体と木製のグリップパネルの間に、ベルトに挟み込むためのクリップが装着してあるのが見えた。分厚い革のベルトをしていれば、少々動いても銃が脱落することはない。
「行こう。銃とナイフは置いて行け。」
 建はもう歩きだしている。晃は歩きながらナイフを取り出し、ハンカチで慎重に指紋を拭って、捨てた。リボルバーのシリンダーを開き、弾を捨てる。その後で銃本体から自分の指紋を消して、捨てた。
 角を曲がって別の路地へ移る。しばらく歩いてまた角を曲がる。
 師弟の足取りは、あくまでゆったりとしたもので、急ぐ風もない。飄々と歩を進める姿は、つい今しがた五つの人体を破壊したばかりとは思えなかった。
 さらに何度か角を曲がる。新たな悪党に遭遇することはなかった。尾行もない。
 駐車場のオレンジ色のナトリウムランプの下で、ランドクルーザーが待っていた。
 この時間帯、駐車している自動車は多くない。
 周囲を注意深くスキャンした後、ランドクルーザーに乗り込んだ。
 駐車場前の道路を、黒塗りのキャデラックがゆっくりと通り過ぎる。その通過を待って、反対方向に出た。
 フリーウェイに乗った頃、遠くでポリスカーのサイレンがいくつも鳴り響くのを聞いた。

      9
 晃は柔らかなベッドの中で目を覚ました。
 もう日が高い。
 首と肩に、凝りがあった。軽い鞭打ちのような感覚がある。
 頭を振り振り台所へ向かう。
 冷蔵庫から野菜ジュースを取り出し、グラスに三杯飲み干した。途端に便意を催して、トイレに駆け込む。
 ゆっくり用を足してから、キッチンダイニングへ戻ると、建が晃のために飯と味噌汁を並べているところだった。
「おはよう。すっかり寝坊した。」
「かまわんよ。慣れんことをすると疲れるものさ。」
 お前が儂の息子になった頃を思い出す、と建は笑う。初めの頃は、鍛錬に身体がついてこなくて、朝起きられなかったり、疲労が溜まって故障をしたりしたものだ。
「首が痛むのか。」
「昨日もたくさん撃ったからね。今日も練習するよ。」
「練習熱心なのは結構なことだがね。弾代だって馬鹿にならんよ。」
 言葉とは裏腹に、建の眼差しは温かい。
 晃は器用にウインクして見せた。この仕草も大分様になってきた、と思う。
「いいじゃない。先生は金持ちなんだから。」
 ハンターの真似事で五人を殺してから、一週間が経った。
 あの一件で、晃は銃器に強い関心を持つようになっていた。
 僅か数秒の間に、理解したのだ。銃器を使いこなせば、自分の力を何倍にも拡張することができる、ということを。
 アメリカに渡ったときから、建も銃を携帯しているであろうとは思っていた。だが、彼の養父は容易にそれを悟らせなかった。
 晃の眼力をも欺く、その身のこなしを。
 今後銃器を携帯する上で、どうしても身に付けなければならない。
 ランドクルーザーの中で、晃は尋ねた。どうして拳銃なのか、と。建の技量なら、あの状況でも素手で全員を斃せていたはずであった。
 私見だが、と前置きして建は答えてくれた。
「儂はな、銃が好きなんだよ。何しろ効率よく殺せるからな。個人が隠し持てる道具の中では、ハンドガンが最も強力な武器だと思っているよ。」
 己の技よりも。鋼のメカニズムの方が優れている。
「無論、自分の技に自信がないわけじゃない。相手が銃を持っていたとしても、並みの相手なら素手で制圧してやるわい。だがな…。」
 こう考えてみろ、と建は言った。
「銃を持った自分自身と戦ったとして、勝てるか?」
 道具とは、人間の能力をあるいは補い、あるいは拡張するためものだ。たとえ武術の心得のない素人――子供や女であっても、拳銃があれば刃物を持った大男と対等以上に戦える。
 地道に鍛錬を積んできた者にとっては面白くない話かもしれないが、それが現実だ。個人の能力差を埋めるのも、道具の重要な働きの一つなのだ。
 だが、と晃は考える。十分に鍛えた身体と練り上げた技の上に、銃器の能力を上乗せしたら、どうなる?
 建は大きく頷いた。
「儂が思うのもそれよ。銃器という道具が彼我の能力差を縮めるどころか、逆に能力差を大きくしてくれることもあるだろうさ。」
 だから、道具を知れ。己を知れ。そして、肉体の延長のように道具を扱え。
 道具が身体の一部になるのか、それとも己が道具の一部になるのか。
「そんなことは、些細なことだよ。違うか?そもそも己の肉体を、いかに道具として有効に使うか、ということを儂もお前もやってきたわけだ。」
 人の潜在能力というのは実に奥深い、と建は言う。
「自分では全力だと思っていても、実際には潜在的に持っている能力の半分も出せてはおらん。修練によって、儂らは本当の限界に近付くことができる。だが、それも一瞬だけのことだ。常に限界の力を発揮し続けることは誰にも不可能なのだよ。」
 それが、生身の肉体の限界というものだ。銃器を使いこなすことで、それを、超えろ。
「やってみるか?」
 一も二もなく晃は新たな学びを求めた。
 そして今、二人は建がアメリカに所有する家で生活している。家自体はこぢんまりとして質素だが、周囲に広がる所有地は一体何エイカーあるかわからない。
 裏庭に出れば、すぐに射撃練習ができる環境が整っていた。
 仕事――任務の合間に身体を休めたり、またその間にも必要な訓練を行うことができる、建の巣(ネスト)――隠れ家の一つであった。全部で何カ所あるのかは、晃も知らされていない。
 ただ、言えるのは、ここと同様に見た目と中身は別物だろう、ということだ。
 質素な外観とは裏腹に、壁も窓も防弾仕様になっている。さらに地下にはシェルター兼武器庫が備えられていた。仮に地上の建物を爆破されたとしても、数日は凌げるだろう。
 シェルターから伸びる地下道は、広大な敷地のどこかに出口を持っているはずだ。そこには車両や予備の装備一式が隠してあることだろう。
 留守がちな建に代わり、建物の管理は親切な隣人が代行してくれている…ことになっている。
「ま、実際はFBIの職員なんだがな。」
 事も無げに建は言ってのける。
「FBIの職員が別荘の管理人をやってるわけ?先生もFBIの捜査官か何かなの?」
 さて、どう話したものか、というように建は顎髭をしごいた。
「地道な捜査活動もできんことはないがね、あまり好きじゃない。前に『荒事のプロ』と言うただろう?表には出せないことでこそ、儂の能力を生かせることは多いのよ。そういう意味では、儂自身が『道具』だということになるが。」
 組織に属するということは、多かれ少なかれそういうものだ。自分自身をどのように生かすか。それは、組織自体の目的を達成するための道具に徹するということである。
 晃は、以前から気になっていたことを尋ねることにした。
「先生は、アメリカ人で、FBIの――関係者なんだろ?じぁあさ、戦争中も日本に居られたのは何故なのさ。よく無事でいられたね。」
 まあね、と例によって建はウインクで返す。
「儂はもともと日本人だし、大日本帝国にもそれなりに貸しがあったからな。」
 それに、と続ける。
「戦争中だって、アメリカと日本の間には、ある種のパイプは維持されていたんだよ。」
 始めた戦争は、終わらせねばならぬ。着地点を見出すには、当事国同士で情報や意志を共有する必要がある。
 日本国内にも排除すべき障害は少なくなかった。建の言う「貸し」とは、そういう意味だ。 
 日本でもアメリカでも、建の生活はごく質素なものだ。日常的な贅沢は、毒にこそなれ良いことなど一つもないと考えている。だが、彼が持つ複数の銀行口座には、莫大な金があった。
 アメリカでの彼は、表向き――書類上は、ある会社の経営者ということになっている。その実体は、FBIの眼鏡に適う人材のスカウトを行うための機関である。とはいえ、ダミーであるはずの会社の業務が思いの外上手くいって、かなりの収益が上がっている。所属メンバーの能力は折り紙付きなのだから、意外な話ではない。実業界へのコネクションが広がることをFBI自体が面白がって、半ば放任状態になっていた。
 本来の給料にプラスして、会社の収益から社長としての報酬を受け取っている。特殊な仕事を請け負ったときの特別手当もある。
 晃には答えが分かりきっている質問があった。それでも聞いてみる。
「こんなにお金があるんだったらさ、薫さんにももっと楽な暮らしをさせてあげられたんじゃない?アメリカに連れてきてあげてもよかっただろうし。」
 大叔母――建の妻のことを晃は名前で呼ぶのだった。
「それは、儂だって考えんでもなかったさ。あいつには全部話して説得したこともあった。だがな、あいつは日本が好きだったし、ああいう生活が性に合っていたんだよ。あいつが気に入っている生活は、儂にとっても大切なものだった。」
「薫さん、優しいけど頑固なひとだったもんなぁ。」
 老父はくすくすと笑いながら、息子の言葉に同意する。
「まったく、頑固な女だったよ。儂の身に付けた業が阿呆らしくなるくらい、強いひとだった。」
 無論、心の話である。今でも亡き妻のことを想っているのが伝わってくる。それが晃には嬉しかった。
 今や晃は日系アメリカ人である御雷建の正式な養子であり、彼が経営する会社の後継者という立場である。既に、アメリカ国籍取得の申請は出してある。おそらく受理されるだろうが、自分がアメリカ人になるということが今ひとつ実感を伴っていないのも事実である。
 もともと国家への帰属意識が弱いのかもしれない。あるいは集団への帰属意識自体に欠けているのかもしれない。
 それは、アメリカ人となった後にこそ障害になる可能性はあった。が、まず合格しなければならない試験を晃は控えていた。
 そのために、建から銃器の扱いについて集中的にトレーニングを受けているのであった。
「飯を食う前に、その首を何とかしようか。」
「うん、お願い。」
 晃は上半身裸になると背を見せた。
 稽古で故障したとき。身体から痛みが取れないとき。建は決まってこうしてくれた。
 指で首筋の筋肉を辿りながら、頸椎を探る。首の根元辺りに、そのポイントはあった。
指先を正確に当てる。
「儂が三つ数えたら、大きく息を吐け。少し痺れるかもしれんが――。」
「少しじゃないだろ、先生。ビリビリくるのはわかってるから。」
 晃が息を吐き切るのに合わせて、建は指先に力を込める。指圧のようにゆっくりと押すのではない。瞬間的に突き込むのだ。
 晃は大きくのけぞり、呼吸が止まったまま口をぱくぱくさせた。
「先生、ご飯は三十分後に食べるよ…。」
 テーブルに突っ伏したまま、呻くように晃は言った。
「かまわんよ。冷めても美味いのが儂の炊いた飯と味噌汁だからな。」
 御雷建の髭や髪は、空を往く雲のごとき白さ。彼の言葉は、野を渡る風のごとき爽やかさ。
 どこまでも食えない爺なのであった。 

      10
 晃にとって初めての射撃は、実に贅沢なものであった。
 裏庭に出したテーブルに、ずらりと銃器を並べ、「好きなものから撃ってみろ」と言われた。
 大きさも、形も、機構も、そして口径も異なる様々な拳銃。短機関銃。自動小銃。スコープが載ったボルトアクションライフル。
 アメリカ製だけではない。膨大な種類と数――大したコレクションであった。
 銃の名前など、ろくに知りもしない晃にも、それは理解できた。
 これだけの銃器を、一軒の隠れ家に集中させておく合理的な理由はない。
 歴史的価値や美術品的な価値のあるものは一つもない。実用に耐えるものばかり揃えてある。備蓄の面から考えても、少なくとも使用する弾薬の種類をもっと絞り込むべきだ。
 これらの銃器は、全て晃の教材なのであった。彼に短期間で射撃の基礎を叩き込むために、建が周到に立てたプログラムの一部だ。
 晃は興味の赴くままに撃った。銃を選ぶと、建が取扱いを解説し、実演を交えながら撃たせてやる。
 飽きることなく晃は撃ち続け、飽きることなく建はそれに付き合う。
 目の前に広がる広大な土地のどこに弾を飛ばしてもかまわない。
 所々に鋼板製のターゲットを置いてある。近いもので七メートルほど。遠いものでは三百メートルほどの距離があった。人の胴体ほどもある長方形のものもあれば、人頭大の丸形のものもある。
 よく目立つように白く塗られたものの他、敢えて風景に溶け込むような色に塗られたものがいくつもあることに、晃は気が付いていた。
 最初の一発を放った瞬間、晃は悟った。
 自分は、日本にいる間に、既に射撃に必要な身体の使い方を学んでいたのだ。
 座学で銃器の取扱いは学んでいたし、対銃器の技も習得してはいる。あくまでも、「技を磨き、より強くなるため」であり、「敵を知る」ことが重要である、だと?――先生、俺を騙したな。
 恨み節は感謝でもある。
 全ては、晃自身が銃器を使うときのための、布石。
 銃を構える。狙う。トリガーを絞る。反動を処理する。
 基本は、建から学んだ技の中にちりばめられていた。
 ライフルはよく当たった。建はボルトアクションライフルをセミオート並みの速度で連射して見せた。少し練習すると、晃にも可能であることがわかった。
 しかし、狙い澄ました一撃を確実に送り込む方が、晃の感性には合っていた。
 スコープのクロスヘアが三百メートル先のターゲットを捉え、静かにトリガーを絞る。呼吸も、心臓の鼓動さえも邪魔に感じられる、そんな領域で。
 晃はターゲットに口づけするような気持ちで銃弾を放つ。死の口づけが鋼板に凹みを穿つ瞬間、微かな火花が散った。
 己の意志が、数百メートル先まで到達する感覚に、晃は陶然となる。
 風が吹く。弾が流される。それでもターゲットを外してはならない。
 これは、おもしろい。しかし、実際に人を撃つためにライフルを使用できる場面は限られているように思われた。大きすぎるのである。
 それでも、命中精度と威力には魅力がある。
 短機関銃――サブマシンガンは好きになれなかった。確かに手数は多い。しかし、フルオートで拳銃弾をバラ撒いても、ターゲットに着弾するものは多くはない。ストックを使って安定した射撃ができるのだから、できればセミオートで撃ちたいものだ、と思う。だが、晃の希望に沿うようなモデルはまだ市販されていない。それに、取り回しがライフルより楽なのは長所だと感じたが、それなら同じ拳銃弾を使うハンドガンでよいのではないか?
 素朴な疑問ではある。
 正直に言えば、最初から本命は拳銃であった。身体の一部のように馴染み、誰にも気付かれることなく携行できる、道具。高い命中精度と信頼性が絶対条件だが…できれば自分が美しいと思えるものに出会いたい。
 持ち物や衣服に頓着しない晃だが、殆ど生まれて初めてともいえる執着を感じている。
 そうか、俺も銃が好きなのだ。自分の身体の一部――だから、執着する。
 二十二口径のターゲットピストルは撃ちやすく、近距離であれば驚くほど命中精度が高かった。自分の腕がぐうっと伸びて、鋭い突きが二十メートルも先まで届くような感覚がある。ピンポイントで狙えるならば、これは使える。
 ベルギー製の複列弾倉を持つ自動拳銃には、大いに興味を引かれた。九ミリパラベラム弾の威力は、晃にとって、まさに素手の打撃の延長だ。無論、鍛えられた晃の打撃は、まともに喰らえば生きてはいられないほどのものではあるが、鋭さやスピードが似ているのである。十三発という装弾数も魅力だが、トリガープル――引き金を引いたときの感触が気に入らない。
 これでは使えない。防錆加工された鋼の肌を、「ベルジャンブルー」という特別な名前で呼ばれるほどに、深く落ち着いた蒼が美しい。それだけに惜しい…が、こればかりは仕方がない。
 晃としては、自動拳銃を主力にしたいのだが、リボルバーからも候補を探す。使える道具は多い方がよい。局面に応じて使い分ければいい。
 こちらはあっさりと決まった。最終的に選び出したのは、スミス・アンド・ウェッソンのKフレームとJフレームだ。扱いやすいのはKフレームだが、Jフレームのコンパクトさは捨てがたい。
 コルト・パイソンの美しさに魅力を感じないでもないが、持ち歩こうとは思わない。たまに撃ってみたり、手にとって眺めたりするならいいかもしれない、と思う。
 晃が心惹かれているのは、コルト・ガバメント――M一九一一A一オートマティックの民間モデルであった。軍用モデルと違って、仕上げが美しい。
 建が用意してくれたのは、殆ど新品といってよい代物だ。平面であるべき所は正しく平面に。曲面は、あくまで滑らかに。その境界には綺麗にエッジが立っている。鋼の質も良い。少し青味が強すぎるのではないかと思えるほどのガンブルー仕上げは、職人の仕事である。
 「ドングリ弾」とも呼ばれる、ずんぐりとした弾をマガジンに七発込めた。アメリカ人が好む四十五口径は、あまり好みではない。重くて遅い弾は、晃に「バットでぶん殴る」行為を思い起こさせる。
 そんな思いも、四十五オートをターゲットに向けた途端に消えた。グリップの、絶妙な角度。指さす感覚で、銃口が正確にターゲットを捉えてくれる。
 親指をセフティレバーに乗せ、両腕を真っ直ぐに伸ばしたまま、晃はトリガーを絞る。
 新品だからか、トリガープルの感触は良くない。それでも、シアが切れる感触は感じ取れた。
 思ったより反動は強くない。空薬莢はすぐ近くに落ちた。そのまま、次弾を放つ。さらに、次の弾を――三発目に排莢不良が起こった。空薬莢が排莢口に挟まっている。それを取り除いてまた撃つ。数発撃つと、また排莢不良――ジャムが起きる。五十発入りの箱を空にする頃には、晃はこの拳銃を投げ捨てようかという気分になっていた。
 何なのだ、これは。
 猛烈に腹を立てていた。気に入りかけていただけに、落胆も大きい。先生が使っていたヤツは、もっとまともに動いていたのに。
 珍しく、内心の苛立ちが表情に出ていた。
 それを、面白そうに建が見ている。
「どうかね?ナマの銃を撃った感想は。」
 ナマ…?晃は咄嗟に言葉が出ない。
「箱出しの銃――工場生産品そのままの、既製品ってことさ。」
 ああ、そうか。生の銃、か。
 別の疑問が浮かぶ。
 生ではない銃、というものも存在するのか?
「あるよ。見せてやろう。」
 あっさりと肯定すると、建は大事そうに鈍い銀色のハードケースを取り出した。開くと、数挺の自動拳銃が姿を現した。大柄な拳銃だ。
 晃の瞳が戸惑いに揺れた。四十五オート…にしては異様な姿をしていた。
「撃ってみろ。」
 言われて手近の一挺に手を伸ばした。銃口が建に向かないように、ケースから持ち上げる。フレームの前後面に刻まれた格子状の滑り止め――鋼のチェッカリングが、グリップを握った手にしっかりと食い込んだ。
 ノーマルより長いマガジンリリースボタンを押すと、空のマガジンがスルリと抜けてくる。左手で受けてみると、底部にゴム製のバンパーが貼り付けてある。
 スライドが、長い。その中に収まっている銃身は六インチはあるだろう。リアサイトはフルアジャスタブル――上下左右に微調整可能なものが、スライドにアリ溝を切って低く装着してある。BO-MARと刻印してあるが、それが部品メーカーの名前なのかもしれなかった。
 手で撃鉄を起こしてから、スライドを引く。その感触に、晃は感嘆の声を漏らした。
 最初の数ミリは、スライドと銃身はロックされた状態で、一体になって後退する。ショートリコイル――スライドの開放タイミングを遅らせる機構である。さらに引くと、微かな音がして銃身とスライドのロックがぱらりと解けた。その動きの軽やかさ。
 薬室が空なのを確認すると、晃は何度もスライドを引いて感触を確かめる。手にしていると、全体が一塊の鋼でできているかのような錯覚を覚えるほどに、ガタというものが感じられない。なのに、スライドを引けば魔法のような滑らかさで銃身とスライドのロックが解ける。その後の引き味も、金属同士の摩擦を感じない。たっぷりと潤滑油を含ませてあるから、ではない。部品同士の加工精度、組み付け精度が高いのだ、と晃は理解する。
 手でスライドストップを掛け、ホールドオープン状態にして、一旦ケースに戻す。改めて見直すと、至る所に手が入れられているのがわかる。
 フロントサイトは分厚いアンダーカットのものが使われている。トリガーも長い。引き代を調節するためのネジが付いている。セフティレバーはステンレス製の長いものが、左右に付いている。これなら、左手でも十分に操作できるだろう。グリップセフティは握り込んだ状態で固定され、安全装置としては働かない。グリップの上の方を握っても手の肉が撃鉄で傷付けられることがないよう、長くて幅広いものが使われている。長いスライドには、溶接で延長した跡があった。継ぎ目はきれいに仕上げられているのだが、溶接時の熱によって鉄が変質したものか、線状にブルーイングの色味が変わっている部分がある。二本のスライドを使って一本のロングスライドを製作したのだろう。銃身もステンレス製の上等なもののようだ。
 競技用に改造したのか。
 晃は正確に理解している。スポーツとして射撃を楽しむ文化が、アメリカにはある。その種目で勝てる銃を組み上げる技術者を、ガンスミスと呼ぶことも知っていた。一面的ではあるが、多少の知識は仕込んでいる。
 これを撃ったらどうなるのか。
 晃は手早く十本のマガジンに弾を込めた。最初の一本を銃に装着して、大きく拡げられたマガジンウェル――弾倉挿入口と、マガジン底部に貼り付けられたバンパーの意味を悟った。
 三十メートルほど先のターゲットを狙ってみる。フロントサイトはあくまで黒く、くっきりと見えた。大振りなボーマーサイトとの組み合わせで、溜め息をつきたくなるほどに鮮やかなサイトピクチャーが得られた。
 トリガーの引き代はごく短かった。シアの切れに引き摺り感はなかった。後に誰かが「細いガラス棒を折るような」と表現した感覚を、晃は体験していた。
 耳栓を通して聞く発射音は生の四十五オートと大差なかった。が、反動はマイルドで角が取れている。スライドの動きは若干スローモーな気もするが、長くてしなやかなリコイルスプリングが生み出す独特の感触は悪くない。空薬莢は勢いよく遠くまで弾き飛ばされた。大きく拡げられた排莢口と、長めのイジェクターの恩恵を感じる。
 右手の親指をセフティレバーに乗せ、両手の指を全て使ってきっちりと構えてやれば、速射しても余裕がある。
 果たして、晃が放ったマガジン三本分の弾痕は、手の平大に集中している。
「大したもんだね。この――。」
「こういうのを、カスタムガンというんだよ。ガンスミスがカスタマイズした銃、ということだな。」
 ホールドオープンした銃からマガジンを抜き、晃は四十五オートカスタムをケースに戻した。
「凄いね。こんなに化けるんだ。」
「儂らの肉体と同じだよ。自らの肉体を、用を為すように創り上げ、造り替え、理想どおりに動くようにするのが鍛錬であり修練であるように――」
「ガンスミスは、ただの大量生産品に手を加えて生まれ変わらせるわけか。確かに、もう別の銃だね。」
 惚れ惚れと競技用カスタムを見つめる晃だが、思考は醒めている。
「だけど、これを持ち運ぶのは骨だな。ぼくには大きすぎるし、重いよ。」
 建は否定しなかった。
「まぁ、そうだろうな。命中精度を高めるために銃身を長く、そして反動を抑えるために重く、というのが今の主流だからなぁ。コンプの研究が進めば状況は変わるかもしれんが、ね。」
 コンプ――コンペンセイターとは、銃身の先端部に装着する部品のことである。弾丸が通過する穴とは別に、発射ガスを逃がす穴=ガスポートが開けてある。
 射撃に伴う反動の大半は、高速で撃ち出される弾丸の反作用だ。だが、銃口から飛び出すのは固体である弾丸だけではない。高速の発射ガスが大量に吹き出すのである。ガス自体の質量は小さくとも、その速度が圧倒的に高いものであれば、その反動は無視できないものとなる。実際、ジェット機やロケットは、燃焼ガスの反動を巨大な推進力に変えているではないか。
 コンプは本来、発射ガスを弾丸とは別の方向に逃がすことによって、ジェット効果――発射ガスの反動で銃が後ろ向きに押される現象を、抑制するためのものである。だから、ガスポートの向きは、上だろうが横だろうが構わない。今試されているものの多くが上向きに開いたポートを持っているのは、何となく吹き出したガスがマズルジャンプを抑えてくれそうな気がするからだ。
 馬鹿馬鹿しい話だ、と建は笑う。
「コンプでマズルジャンプが小さくなるのは、反動自体が小さくなった結果だよ。ガスがマズルを押さえ込んでくれたとしても、それは無視できる範囲だと儂は思う。」
 そうはいっても、ガスポートの向きによっては自分や他人にとって危険な場合もあるだろう、と晃は思う。戦闘に使うとしても、常にガスポートの位置や向きを意識していないと自分が怪我をしそうだ。
 考え考え言葉を紡ぐ息子を見る、建の目は優しかった。
「お前の心配は、多分正しいと儂も思うよ。カスタムガンのパフォーマンスは素晴らしい。だが、実用には不向きであることも否定できん。残念だとは思わんか?携帯できるサイズのカスタムガンがあれば、とは思わんか?」
「それは、思うよ。だけど、そんなの誰に頼めば作ってくれるのかわかんないよ。」
 では、見せてやろう。これが、闘うためのカスタムガンだ。
 建はシャツを捲り上げた。ジーンズの内側、右腰のあたりに拳銃を挿しているのが見えた。ホルスターは着けていなかった。グリップパネルとフレームの間に挟み込むようにして固定した薄い鋼板製のクリップが、しっかりとベルトを掴んでいる。
 なるほど、ホルスター無しで銃を携帯するための部品なんだな。
 晃は得心する。これなら、挟みたい場所に自由に移動させられるわけだ。
 ゆっくりと建が抜き出した自動拳銃は、晃の見立てどおり四十五オートであった。ハンマーはコックされ、セフティを掛けられている。
「撃ってみろ。全部で、八発だ。」
 グリップを晃に向けて建が言う。
 建に銃口を向けないように注意深くグリップを握る。無論、トリガーに指を掛けたりはしない。
 受け取って、晃はぎくりとした。
 何だ、この塊のような感じは。真っ黒で地味な銃だが、さっきのカスタムガンと同じような感触だ。普通の四十五オートと同じ大きさだからか、より凝縮したような密度の高さを感じる。ガタつく感じがまるでない。
 心臓の鼓動が速まるのを感じながら、晃はターゲットの方を向いてセフティを切る。スウェンソンのアンビセフティが付けられていた。少しだけスライドを引いてみる。薬室に装填された初弾の薬莢が金色に光るのを確認して、スライドを戻す。セフティを掛ける。
「おい、顔が笑ってるぜ。」
 そうか、俺は笑っているのか。
 晃は銃を握った両手を、自然に身体の正面に垂らしている。手に、チェッカリングとは異なった滑り止めの感触がある。
「撃つよ。」
「どうぞ。」
 『ぞ』を合図に晃は銃を振り上げた。否、むしろ優しいと思える軽やかな動きで、すいっと目の高さに持ち上げた。
 ネコ科の動物の動きに似ていた。無駄も力みもなかった。無理に振り上げるのではない。だから目の高さで無理に減速する必要もない。ゆっくり動いているようでいて、全体として見ると、とてつもなく速い。予備動作なく動く姿は、機械を思わせた。
 一連の動きの中でセフティを切り、トリガーに指を掛ける。一瞬にして目の高さで揃ったフロントサイトとリアサイトは競技用カスタムとよく似ているが、抜きやすさを重視しているためかフロントサイトが若干太陽光の影響を受けていた。ボーマーサイトのブレードが、両肩の角を落とされているのに気付く。
 トリガープルは軽くはなかった。が、切れはいい。
 爆ぜるような勢いで五インチのスライドが踊った。銃口がジャンプするが、鋭く射線に復帰する。反動は強い。しかし、晃の意志についてくる。
 これか。
 これが、闘うことを目的に作られたカスタムガンか。
 晃は立て続けに四十五ACP弾を放つ。残弾が薬室の一発のみになると、斜め後ろから建が予備弾倉をひょいっと差し出す。マグリリースを押して空のマガジンを落とし、新しいマグを挿して撃ち続ける。あっという間に五本のマガジンを空にした。
 鉄板に刻まれた弾痕は、競技用のカスタムと遜色なかった。
 ホールドオープンした銃からマガジンを抜く。スライドストップを解除して、ターゲットに向けてトリガーを引く。乾いた音をたててハンマーが撃針を叩いた。
 そっとテーブルの上に置いて、眺めてみる。
 競技用のカスタムガンを異様だというなら、建の銃はそれ以上に異様な雰囲気を持っていた。全体が艶を抑えた黒で、どちらかといえば仕上げは粗い。トリガーやグリップセフティはノーマルサイズだが、トリガーストップが付いている。エジェクションポートは下品なほど大きく拡げられている。グリップとトリガーカードには、チェッカリングではなくスティップリング――タガネで丹念に刻み込んだ滑り止め加工が施してあった。
「なりふり構わない、って感じがいいね。」
 建がニヤリと笑う。
「儂らのやり方に似ているからな。」
 エジェクションポートから覗くバレルの基部…チェンバーに打ち込まれた刻印が目を引いた。使用する弾薬の表示とともにあるのは。
「チョ…?それともチャ…中国系の名前かな。」
「この銃を造り上げた男の名前だよ。自分も射撃競技をやる。オリンピックにも出たほどの腕前だぞ。そんな男が、儂の好みを取り入れて造ってくれたのが、こいつさ。」
 優れたシューターで、なおかつ優れたガンスミス。そんな男が造り上げた作品には有無を言わせない説得力があった。
 長年の酷使のためか、あちこちが擦れて、鋼の下地が露出している。
「黒染めが剥げてるところは摩擦が起きているところだよね。」
「そういうことになるな。こいつをパンツに挿していると、腰骨の辺りが痛くてな。四十五オートっていうのは、割と角張っているからな。」
 晃の脳裏を、海生哺乳類のシルエットがよぎった。あるアイデアが浮かび上がってくる。
「あのさ、先生。そんなことができるか、ぼくにはわからないんだけどさ…」
「何か思いついたのか。いいぞ、聞かせてくれ。」
「この、擦れてる所って、当たりが強い場所だよね。だったらさ…その部分の角を全部削り落としてしまえばいいんじゃないか?」
 建はあんぐりと口を開けた。ピシッと立ったエッジと、平面、曲面の見事なハーモニーこそが四十五オートの魅力だ。角を…エッジを落としてしまえ、だと?
 驚き、呆れながらも、そんな銃を思い浮かべてみる。
 フロントサイトと、リアサイトブレードに刻まれたコの字の凹みだけは、クリアなサイトピクチャーを得るために手を付けることはできない。トリガーもエッジが立っている方が好きだ。それ以外――手に触れる部分の角を徹底的に落として丸めた、拳銃。アザラシのような滑らかさ。猫のような丸みを帯びたそれは、ノーマルに比べきっと小さく見えるだろう。ホルスターに納めようがパンツに挟もうが、抵抗なくスルリと抜ける、真っ黒な戦闘拳銃。
 ぞくり。
 背筋が震えるような快感を、建は覚えていた。面白いことを考えるものだな、晃よ。
「ふむ…面白い。ひとつ、あの男に頼んでみるとするか。」
「造ってくれるかな。自分が納得しないと仕事を受けないタイプみたいだけど。」
 作品を見れば、何となくわかるものだ。
 建は苦笑する。
「確かにな。こいつを作ってもらえるまで何年もかかったんだ。頑固だが、信用できる仕事をしてくれる男だよ。また頼み込むしかないさ。造ってくれるまでな。」
 それは建の死後完成し、銃器専門誌にも紹介されて多くの銃器愛好家が驚かされることになるのだが、このときの二人はそんなことを知る由もない。
 ともあれ。
 建のカスタム四十五オートには、全く同じ仕様のペアガンがあった。予備も含めて二挺オーダーしていたのである。予備用の一挺は新品のまま保存してあった。この日から、その銃は晃のものになった。

      11
 晃が自分の銃を得てから、訓練は本格的なものに移行していった。鍛錬プログラムは着実に進んでいる。
 建は訓練を始める前に言った。教師の顔である。
「誰かを撃つ、ということは『殺す』ということだ。逆に言えば、殺す気もないのに銃なんて抜くもんじゃない。抜くからには――撃つからには、必ず殺す。これが銃を使う者にとっての大前提だ。」
 晃は頷く。殺しの技とはそういうものだ。異論はない。
「威嚇射撃は?晃はどう思う。」
「弾と時間の無駄。」
 老人は破顔した。なかなか辛辣だが的を射ている。
「そこで問題だ。逆に、撃たずに済ませるにはどうすればいい?」
 即答する。
「逃げる。というより、撃たなきゃいけない状況を最初から作らない。」
「一般論としては、正解だ。ところが、仕事でやっていると、相手に姿を晒して敢えて撃ち合いに持ち込まなければならないこともある。」
「ハンターをやったときみたいに?」
「そういうことだ。法っていうのもなかなか面倒なものでな。」
「どうせ法なんて無視してやる仕事もあるんだろ。相手に悟られないうちに撃っちゃうとか。」
 建はふふん、と笑うだけで答えない。さて、と話題を変える。
「『撃ちたいものを確実に撃てる』ことは、お前にとって必要不可欠なことだ。そうだな?」
「うん。弾が当たらなければ斃せないからね。」
「うむ。だが、それだけでは半分でしかない。まだ半分大切なことが残っている。わかるか?」
 晃には答えられない。建は片目を瞑って教えてやる。
「それはな、『撃ちたくないものを決して撃たない』ってことさ。」
 目から鱗が落ちる、とはこういう思いのことをいうのか。
 「撃つ技術」と「撃たない技術」。この両方があって初めて、「撃ちたいもの『だけ』を確実に撃つ」ことができる。
 建は改めて、銃器の安全な取扱いを徹底して練習させた。銃口を人に向けない、などという単純なことではない。置いてある銃が安全な状態なのか、それとも危険なのかを判断させる。確認させる。そこから、既に取扱いが始まっているのだ。
 何も考えずに銃器を手にする奴は馬鹿だ、と建は考えている。
「そのときに、銃口はどっちを向いてる?」
「その向きじゃ自分の足に穴を開けてしまうぜ?」
「ここで待機姿勢をとるとき、銃口は上向きか?下向きか?」
「自分の銃で死角を作るんじゃない。」
「マグチェンジの時も銃口の向きを意識しろ。」
 矢継ぎ早に質問や指示が飛ぶ。
 晃は無心に細かく動作を調整する。
 これは、ある種の組み手だ、と思う。建は言葉で攻め、晃は動作で応じる。負けるものか。これまでだって、打ち合い、蹴り合い、投げ合って技を高めてきたではないか。
 ある程度、晃の動きが様になってきたところで、建は言った。
「では、少し面白いものを見せてやろうか。」
 十メートル四方ほどの場所に、大小様々なスチールターゲットが設置してある。高さもまちまちだ。
 そのど真ん中に晃を立たせた。自分は晃の正面に向かい合って立つ。手には愛用のカスタム四十五オート。珍しく、ベルトに予備マガジンが入ったパウチを着けている。五本だ。
 銃を両手で握り、腕を身体の前に自然に垂らしている姿が晃と似ている。
「動いたら、死ぬ。」
 そんなことは、言われなくてもわかっている。
 すっ…と、建が動いた。瞬時に身体を左に向ける。晃から見て右方向だ。向き終わったときには既に銃を構え、サイティングを終えている。発砲。鋼板製のターゲットに鉛弾が当たった音が響く。
 晃には、養父が銃口を持ち上げたタイミングが見えていた。なるほど。
 銃を構えたまま、前進し、さらに三発撃った。
 身体を反転――百八十度ターンさせ、今度は背後のターゲットを撃つ。身体を回転させる間は銃口を下げ、晃の身体を射線から外す。
 建は動き、撃ち続けた。晃を中心に動き回り、全てのターゲットに命中弾を送り込む。
 舞い――演武のようだ、と晃は思った。身体が覚えた動作が淀みなく続き、軽やかな動きで撃ち続ける。
 結局、一度も銃口が晃の身体を横切るようなことはなかった。建との距離やターゲットの配置を考えれば、卓越した技術といえた。が、建は言う。
「こんなのは基本中の基本よ。これができない奴と、儂は組みたくない。仲間に撃たれて死ぬなんて真っ平だね。」
 プログラムの進捗は順調だ。
 実際の銃撃戦を想定した動きを、反復練習させられた。遮蔽物の使い方、有効な遮蔽物の見分け方。どんな隙間からでも銃撃できるように、様々な射撃姿勢がある。晃のしなやかな身体は、窮屈な射撃姿勢にも問題無く対応することができた。のみならず、次の姿勢への移行が速い。自分なりの工夫も加えて、動作を改善していく。
 走りながら移動するときも、頭が上下しなかった。いつでも撃てるように構えた銃口もブレはしない。摺り足にも似た、独特のステップは、体術の応用だ。電子制御されたアクティブサスペンション付きの戦闘車両のように上体が安定している。
 遮蔽物の陰に駆け込むと、地面からの僅かな隙間を使って撃つためにプローン――伏射の姿勢をとる。晃は地面に腹這いになったりはしなかった。左脚を大きく伸ばしたまま、右脚を曲げて低い姿勢をとる。そのまま右肩が地面に着くほどに上体を曲げた。ターゲットが見えた。撃つ。すぐさま立ち上がり、次の遮蔽物に移る。横長の穴が開けられている。中途半端な高さだ。器用に身体の柔軟性を生かして穴から撃つ。
 遮蔽物――バリケイドにはいくつか穴が開けてあるが、そのどれもが窮屈な姿勢からの射撃を強いられるように工夫されている。拳銃なら普通に撃てるが、自動小銃のように大柄な銃だと姿勢を工夫しなければターゲットを見ることすらできない「窓」もある。
 意地悪なバリケイドだ。作ったヤツの性格が悪いからだな。
 晃はそんなことを思って、ふと可笑しくなる。
 自分に負荷を掛けるのは嫌な気分ではない。その分、成長することができる。
 建の組んだプログラムは、負荷の掛け方が絶妙だった。晃の成長を把握して、確実に次のステップに進められるよう周到に計算されている。
 遮蔽物のパネルは日を追うごとに増やされ、今やちょっとした建物のような規模と複雑さをもつようになっていた。いくつもの小部屋に加え、適度に見通しの良い場所を作ってある。遮蔽物のない場所――例えば、長い廊下のような場所を想定しているのである。
 そのどこかに置いたターゲットを探し出して撃つ、という訓練をした。建は建設用の足場を組んで作った監視台から、その様子を観察しクリップボードの見取り図に詳細に記録する。訓練が終わると、それを見ながら講義がある。改善を加えてもう一度――。
 時間がいくらあっても足りなかった。この家で暮らし始めてから三ヵ月が過ぎている。学校には病気療養のためアメリカに滞在を続ける旨を伝えてあった。既にアメリカ国籍を得ているから、いずれ日本の国籍をどうにかしなくてはならない。建は「まあ、仕事を始めればそのへんは割と融通が利くものさ」と気にした風もない。
 昼は射撃を中心とした戦闘術を学んだが、これまで通り建との組み手練習も続けていた。練習といっても防具などは着けない。もとはどんな武術だったのかわからないが、御雷の業は古流と呼ばれるものの一つである。打撃があり、組技がある。関節技を使ったり投げを打ったりするのにグローブは邪魔だ。怪我をしても治しながら強くなる。一歩間違えば、死ぬ。途中で死ぬ奴は、最初から強くなる要素がなかったのだ。そういう考え方をするのが御雷の業だった、と建が以前話してくれたことがある。
「まぁ、ある種の『蠱毒』といえるかもしれんな。」
「こどく?」
「古い呪(まじな)いの一種だよ。蛇だの百足だの蛙だの、あるいは猫や犬までを一つの容器に入れて互いに喰い合いをさせる。で、最後に残った1匹には強い霊力が残っている…というような信仰さ。」
 つまり。多くの者が業を学ぶが、最終的に御雷の業を継承できるのは最後まで生き残った一人のみ。建は、自分が多くの脱落者たちの屍の上に立っているのだと言っているのだった。
「歴代の当主は、儂の親父も含めて、『血』で業を継承していこうとしたらしいけどな。身内同士で殺し合っていれば、血筋は細る。何百年もそんなことを続けられると思う方がおかしいんだよ。」
 現に、晃に御雷の血は流れていない。
「本当のことを言えば、儂は誰かに業を伝える気などなかったのさ。時代も変わった。ご先祖が何を望んでいたのかは儂にもわからん。儂には兄と弟がいたが、どちらも儂が殺した。親父も、な。儂には子がおらんかったし、おったとしても技を教える気などさらさらなかった。儂が死ねば業も滅びる。それでよいと思っておった。が、お前の才が儂の決意を狂わせた。業は血ではなく才によって受け継がれるべきだとな。御雷の業はお前のものだ。お前はお前で好きにすればいいのさ。」
 その日は珍しく建が自らの過去について語ってくれたので、よく覚えている。人を殺すための業が、自分たち親子の絆だ。
 銃器を使うことを前提にした組み手は、以前とは変化していた。実際に空の銃器を身に付けた状態で闘ってみる。
 完全な無手のようには動けない。銃の重さ自体は無視できるが、腰に挿せば蹴り足の可動域を制限され、脇に吊せば上体の自由度が下がる。拘束具を着けて闘っているようなものだ。そればかりではない。銃器の上から打撃を喰らえば、その下の骨が折れる。相手が銃器を持っているのに気付かずに殴れば、自分の拳を痛めることになるだろう。相手の銃器を奪う、あるいは奪おうとする相手の動きを利用して反撃する。そんな練習が増えた。
 素手には素手の間合いが、ある。ナイフにはナイフの。銃には銃の。ナイフの間合いで銃を使うにはどうすればいいか?晃の頭脳はめまぐるしく思考を続けている。
 銃を持つことで失うものも少なくはない。それでも総合力で、晃は銃器を携帯することを望む。身に付けた体術の大系が、銃器の併用にふさわしいものに急速に組み替えられつつあった。
 建は基本的な射撃の技術も決して疎かにはしなかった。徹底的に静的を撃たされる。
「『据え物撃ちなら誰にでもできる』とか言う奴もいるけどな。儂に言わせれば『据え物撃ちもロクにできん奴に動的は撃てない』だよ。」
 据え物撃ちが及第点に達すると、動的を撃たされた。ワイヤーに吊されたターゲットがモーターの力で横に走る。といっても、人が小走りで移動する程度の速度だ。距離もそれほど遠くない。
 単純な練習だが、これが難しかった。移動速度は一定だから、ターゲットの移動に合わせて銃をスイングしながら撃つ必要がある。「待ち撃ち」では当たらない。ターゲットの移動速度と、弾のスピードを計算して、狙点を進行方向にずらしてやる必要がある。一定のリード量を保ちながら、スムーズに腰を回転させて狙い続ければいい。
 理屈はわかっていても、実践は難しかった。サイティングに手間取れば、撃てないままでターゲットは走り去ってしまう。慌てて撃てばサイティングが雑になる。
 建は常に「狙って撃て」と言った。確かに、サイトを使わずに感覚だけで撃たざるを得ないケースも、あるにはある。それでも、可能な限りサイトを使い狙って撃つ。サイトは銃の目だ。どこに弾を飛ばすか、それを決めるのはサイトであり、弾の行方に責任をもつのは銃の使い手の役目である。
 日が落ちると座学に励んだ。時には闇を利用して戦闘訓練を行うこともある。が、基本的に建は学業を優先させる。
 教える、という才能が建にはあった。同時に、晃は優れた生徒であった。自分の興味外のことであっても、面白がることができるのは、一種の才能だ。そういう意味で、晃には学びの才能があった。
 今、彼が学んでいる事柄の中には、既に大学の領域にまで踏み込んでいるものもあった。本人は気付いていないし、建にも知らせる気はない。晃が望むままに知識を与え、課題を与え、将来に備えるのだ。アメリカであれば飛び級もある。時間を無駄にしない方法があれば、何であろうとやってやる。
 晃は医学や法学についても学びを深めていた。建も驚くほどの飲み込みの良さを示している。洞察し、咀嚼し、飲み下す。飢えている獣のごとき貪欲さで晃は学んだ。
 人間には武器がある。直接的な暴力と、豊富な知識に裏付けられた知恵だ。
 晃はそう考えている。
 上手く立ち回り、社会に紛れ込んで生きていく上で、「知らない」ということは致命傷になり得る。晃の考える「一人で生き抜く力」の中には学ぶことも含まれていた。そのためには努力を惜しまない。近道を探す暇があれば一歩でも進む。
 御雷晃は、そういう男であった。

      12
 アメリカでの暮らしが半年を迎えようとしたある日のことである。
 朝食を終え、いつものように訓練の準備をしようとする晃を、建は止めた。
「今日は訓練は無しだ。客が来る。」
「客、だって?こんなところに?」
 珍しいこともあるものだ。一番近い街までクルマで三十分はかかる。街道を逸れてからは未舗装路だから、四輪駆動車でなければ容易には辿り着くことができない場所なのだ。
 街に出向くことはある。食料品の買い出しは必須だし、服だって買わなければならない。それに、時々は狩りをしていないと腕が鈍(なま)る。
 晃の身長も随分伸びて、一メートル七十センチ程になった。女性のように優しい顔立ちはそのままだが、もうすぐ女に化けるために髭を剃らなければならなくなるだろう。身体は相変わらずすんなりしているが、手足が長いからそう見えるだけだ。不必要に筋肉を太らせていないから痩せて見える。
 太いだけの筋肉は動きを妨げる抵抗にしかならないことを、師弟は知っている。
「客が来る。訓練は無しだが、出迎える準備はしておけ。」
 もう一度、建が言う。
 淡い笑みが晃の唇に浮かぶ。
 危険な笑みだ、と建は思う。初めて路上で悪党を始末して見せたときにも、同じような笑みを浮かべていた。
 それは、建の言葉の意味を晃が正しく理解している証でもあった。
 愛用のカスタム四十五オートがいつでも撃てるようになっているのを確認し、珍しくジーンズのベルトに着けたパンケーキ型のホルスターに突っ込む。例によってパーカーを着ると、ホルスターの位置を少しだけ調整する。注意深い者だけが銃を持っているのに気付く位置を探し出す。
 後は何をするでもなく、ソファーに寝転がり目を閉じた。建もテレビを見ながらゴロゴロと過ごす。
 退屈だった。それも、もうすぐ終わる。
 二台のスポーツ・ユーティリティ・ビークルが埃を巻き上げつつ御雷の家に接近してきたのは午前十時になろうかという頃であった。側面に木目模様の悪趣味な装飾を施したステーションワゴンの車高だけを、無理矢理上げて大径タイヤを履かせたような、醜い自動車である。
 家の前に停まるまでに、建が玄関の前に出ている。晃は外から死角になる位置にしゃがみ込んで、待つ。
 前の車から、まず男が一人出てきた。きっちりとグレーのスーツを着ている。ネクタイが派手だ。後からボディガードらしい巨体が二人降りてくる。こちらは黒っぽいスーツに身を包んでいる。筋肉でスーツがはち切れそうだ。
 守られるべき男が、警護役を待たずに動いている。性急な男であるらしかった。太い眉と、ギョロリとした眼が特徴的である。それほど恰幅が良いわけでもないのに、存在感が強い。
 建に正対する。建は小さく口笛を吹いた。
「これはこれは。御大自らおいでくださるとは、恐縮ですな。」
 ふん、と男は笑った。眼は笑っていない。
「ミカヅチが惚れ込んだ素材が仕上がったと聞けば、自分の目で見たくなるのは当然だろう?」
 アジア人でも?という質問を笑い飛ばす。
「確かに私は人種差別的ではあるだろうがね。優秀な人材をみすみす逃す程愚かでもないんだよ。」
「なるほど、それで直接試験の結果を見届けたい、と?」
 まあ、そんなところだ、と男は答えた。
 後ろのクルマから五人の男が出てくる。
「君の教え子たちだよ。」
 体格も年齢も、肌の色も見事にバラバラな男たちであった。服装もまちまちだが、適度にゆとりのある服を着ているため、身体のラインを見通すことは難しい。少なくとも、筋肉ダルマのマッチョはいなかった。
 共通しているのは、彼らの発している雰囲気であった。
 抜き身の刃物のようにギラついた感じはしない。普段は殺気を鞘に納めておくことができる男たちであった。それだけに、やるときにはえげつないことも平気でやるに違いない。
 それが、建に教えを受けたことの証となるはずであった。
「ミカヅチ教官、お久しぶりです。」
 一礼する顔に見覚えがあった。もう何年も前――晃を引き取る以前に鍛えてやった男だ。随分といい顔になった。FBIでの最後の生徒たちの一人である。他の連中も、様々な機会に建の教えを受けた中から、特に優れた連中を連れてきたらしい。
 無論、短期間で御雷の業を習得できるはずもない。元々身に付けていた格闘術を、御雷の提唱する理念に沿って使う。身体や業の練り方を学ぶ。闘いに向けた決意――マインドセットを学ぶ。そういったことを通して、彼らは自ら強くなっていったのである。
 敵に回せば厄介な相手に成長している…はずであった。
「訊くまでもないとは思うが、お前たちが晃をテストするのかい?」
 当人に代わり、ギョロ目の男が答えた。
「そういうことだ。さ、早く当人に会わせてくれないか。」
 建は晃に出てくるよう促した。
 程なく戸口にひっそりと現れた晃を見て、何人かの男が低く口笛を吹いた。
「儂のボスだよ。挨拶しなさい。」
「はじめまして。御雷晃です。」
 僅かに西部訛りのある英語で挨拶し、優雅に一礼してみせる。その声は、やはり小鳥のように愛らしかった。
 身長が伸びたことで、幼い印象は薄れ、そろそろ思春期を迎えようかという多感な少女の趣を身に纏っている。相変わらず、美しい。
「私のことは、そうだな――取りあえず【H】とでも呼んでもらおうか。以前、ミカヅチと路上で五人を始末した手並みは見事だった。私も直に見て鳥肌が立ったものだ。」
 ああ、あの時の黒いキャデラックがそうか。晃は思い出す。きっと建に自分たちが見届けたことを知らせるために、わざわざ目の前を通ったのだ。建と【H】の間では、最初から何もかも打ち合わせ済みなのだろう。
「かつてミカヅチが『教えた』者たちが、ミカヅチが『育てた』者の力を試すのだ。これが、君を我々の元に迎えるかどうかを決めるための最初の試験だよ。」
 晃の唇が皮肉に歪んだ。笑顔を浮かべたのだ。眼の光が強くなる。
「状況は、理解した。で、ぼくは何をすればいい?」
 声変わりしかけた地声で尋ねた。奇妙にドスがきいた声に、男たちの表情が凍り付く。
 一転して不貞不貞しい表情で笑う晃に、【H】までが微かな動揺を見せる。
「全員を、倒せ。」
 【H】は短く言った。
「一線で活躍している、腕利きのエージェントばかりを集めた。歯応えは十分ある相手だと思うが、どうかね?」
 ただし、と建が言葉を引き継ぐ。
「殺してはならん。仕事への復帰を妨げるような障害を残すのも駄目だ。」
「復帰までの猶予はどれくらいもらえるのかな。」
 建は【H】を見る。ギョロ目のボスは即答する。
「リハビリも含めて、三ヵ月。」
「後は何をしてもいいんだね?」
「いいとも。」
 しばしの沈黙があった。晃は地面に目を落としている。何かを反芻しているような表情であった。
 やがて、ぞろりと晃は言った。口調が変わっている。
「俺を殺すな、とは命令しないんだな。」
 上げた顔の唇が、紅い。朱唇が笑みの形になっていた。
「いいよ。やろう。」
 あっさり言って、玄関のポーチから埃っぽい赤い地面に降り立つ。
「俺が死んだり、闘えないほどのダメージを負ったら、俺の負け。あんたたちを殺したり、痛めつけすぎても、俺の負け。俺の勝ちになるのは、あんたたちに適度に痛い思いをしてもらって、闘えなくさせたときのみ。…それでいい。」
 こっちでやろう、と五人の刺客に背を向けて、裏庭に向かう。
「随分と分が悪い勝負だが、本当にいいのか?」
 男の一人――先程、建に挨拶した男が尋ねた。
 晃はちらっと振り返りながら笑顔を見せた。変なことを訊く男だ、とでもいうように。
「いいさ。難しくなければ、実験にならないからな。」
 建と【H】は屋内に移動した。二人のボディーガートも同行する。丁度、キッチンダイニングの窓から六人が立っている場所がよく見える。
「防弾ガラス越しの特等席だよ。」
 言いながら、建はコーヒを大振りのマグカップになみなみと注ぎ、テーブルに着く。【H】もそれにならった。ボディガードにも少し寛ぐよう指示を出す。
「ミカヅチ、解説してくれるかね。」
「ボーナスを出してくれるならね、ボス。」
 冗談めかして言ってから、真顔になる。
「儂らの働きを映像に記録したんだろう?見せたのか?」
 【H】は肯定する。
「無論だよ。これも、情報戦の一種だ。初見では驚きの方が大きかったようだが、今やアキラの動きは徹底的に分析されている。何しろ、強い相手を見ると殺してみたくなるような連中だからな。腕利きだが、問題児ばかりを連れてきた。彼らは実に熱心に研究してくれたよ。」
「それが裏目に出なけりゃいいけどな…。」
「どういう意味だ?」
「言葉どおりさ。知っているからこそ、先入観が生まれる。彼らが持っている晃のイメージが、今のあいつと同じかどうか、だ。」
 裏庭には射撃訓練場が組んである。が、敷地は広大だ。六人でやり合うくらいのスペースはいくらでもある。
 晃は五人の男たちと向かい合って立っていた。どちらも何の構えも取っていない。常に身体をリラックスした状態に保つ。
 建の教えが、全員に生きている。
「じゃあ、やろうか。」
 晃の声に気負いはない。お茶にでも誘うような調子である。
 男たちも、一斉に晃を取り囲むような真似はしない。
 乱戦になれば、周りに敵しかいない晃の方が有利だ。同士討ちを心配する必要はないのだから。
 この少年を、どう仕留めればいいのか。儚い、とも思える端正な立ち姿を見ながら、男たちは考えている。
 と、その姿が滲んだ。予備動作もなく、手近な男の懐に飛び込んだのである。咄嗟に防御する腕の動きから、基本はボクシングなのだと知れた。
 ガードは間に合わなかった。顔。胸。腹。とコンビネーションブローを浴びた。離れ際に右内膝に蹴りまでもらっている。
 反撃のパンチを出したときには、晃は既に次の男に襲いかかっていた。集団の中に飛び込まれたので、周りの仲間が下手に手出しをすることもできない。
 こいつは柔道――柔術か。やはり、数発の打撃と蹴りを与え、背負い投げで投げ飛ばす。男は器用にとんぼを切って立った。反撃の当て身を繰り出したときには、晃はまた次の男に移っている。今度は、空手。また次の男。今度も空手。最後の男。珍しいな、中国拳法だ。
 数秒で五人の男たちの集団を抜けた。
 全員が、晃から突きや蹴りをもらっている。速い。避けることも、防ぐこともできずに、ほぼクリーンヒットである。
 男たちは確信した。
 やはり、アキラの脅威は、その並外れたスピードにある。反応速度自体が異常に速い。
 だが。
 軽量級だけに、攻撃が軽い。軽すぎると言ってもいい。
 事実、男たちは殆どダメージらしきものを受けていなかった。服の下に着用している防弾ベストのおかげもある。何しろ、拳銃弾であれば確実に止めてくれる代物なのだ。
 一対一では捕まえることは難しい。しかし、五人のコンビネーションプレーなら、どうだ。一旦捕まえてしまえば、力の強い者が勝つ。
 じりっと男たちが動いた。
「ほう。晃はやるつもりだな。」
 【H】は怪訝そうに建を見る。
「やるつもりなのは、うちの連中ではないか?」
 建は器用にウインクして見せた。この仕草が出るときは、何か企んでいるときだ。
「正確には、奴(やっこ)さんたちは『やる気にさせられた』のよ。巧く誘われたわけだな。――仕掛けるぞ。」
 三人が距離を詰める。声もなく晃を囲んだ。
 二人は少し離れた場所に立つ。状況を見て出方を決める腹だ。
 即席のチームだというのに、これが阿吽の呼吸というやつか。
 奴らは狩ることに慣れている。狩人としては優秀だ、と晃は思う。
 だが、狩られることには、慣れていない。
 そこが、付け目だ。
 正面の男が、突っかけた。長い脚を生かして前蹴りを見舞う。
 これは、陽動だ。退って避ければ、後ろの奴に捕まる。
 晃は逆に、前に出た。姿勢が低い。
 頭すれすれのところを分厚い靴底が通り過ぎる。頑丈なビブラムのソールパターンがはっきりと見えた。感覚が冴えきっている。
 足が伸びきるタイミングに合わせて、晃は身体を起こす。誰でも、動作の終点では一瞬動きが止まる。
 晃はその一瞬を逃さない。男の足を両手で掴み、強く捻った。
 脱臼。そして、靱帯が切れる感触を確認しながら、そのまま頭上に跳ね上げる。
 男の身体は大きくバランスを崩した。思わず、両腕を大きく開き、体勢を立て直そうとする。
 闘いの興奮がアドレナリンを分泌させているため、まだ痛みは感じていないはずだ。これでは男の動きを止められない。
 晃も止まらなかった。ガラ空きになった男の脇腹に、抜き撃ちで二発打ち込んだのである。至近距離からの四十五口径の二連射は、防弾ベストを貫通することはなかった。
 だが、それだけだ。
 弾丸は通さなくても、着弾の衝撃を防いではくれない。男の肋骨が砕け、衝撃が内臓を突き抜ける。
 男の瞳が、グリッと上を向いた。そのこめかみを、晃は蹴った。気が付けば、晃の爪先が男のこめかみに触れている。傍目にはそう見えるほどの速度で、蹴った。
 とん。
 むしろ優しいとさえ見える蹴りであった。が、完全に白眼になる。
 地面に崩れ落ちそうになった身体を、後ろ回し蹴りで後方に飛ばす。
 後方から晃を捉えようと迫っていた男は、気絶した仲間を無理矢理抱きかかえさせられるような形になった。
 飛んでくる仲間を蹴り落としてでも反撃する非情さが彼にもあれば、勝負の流れは変わっていたかもしれない。しかし、彼にはその非情さがなかった。
 ほんの二言三言の会話で、そのことを晃は見抜いていた。
 仲間の体重を受け止めて、よろめく男の横に陰のように移動している。
 短い蹴りで両脚を薙ぎ払う。男の身体が一瞬宙に浮く。その額を晃は掴んだ。
 後ろに倒れようとする男の身体を、さらに加速させる。頭の着地点に、晃の膝が立っていた。
 ごっ。
 嫌な音がして、男の四肢が一度だけ痙攣し、そして止まった。その両の鎖骨に弾丸を撃ち込んで――折った。横たわった肩が、奇妙に落ちた。もう両腕は使えない。弾丸はベストで止められているが、もとより意識がないのだからどうにもならない。
「撃ちやがった…。」
 声は、屋外と屋内で同時に上がった。
 無論、屋内の声は【H】のものだ。晃があっさりと銃器を使ったことに驚いているのだ。
 建はいたって涼しい顔で答えた。
「そりゃそうさ。『撃つな』とは一言も言われていなかったからな。実際、両方とも全治二カ月ってところだ。…頭を打った方はもう少しかかるかもな。取り敢えず、ルールは守っているよ。」
「なぜ、撃てる?殺せば負けなんだぞ。」
「最初の軽い攻撃でな、相手が防弾装備を着けているか、その防弾性はどの程度か、武器はどの程度持っているか、くらいは掴んでいるよ。」
 【H】は目を剥いた。目玉がこぼれ落ちそうになる。
「攻撃に偽装した触診か…!」
 建は、防弾装備についても晃に教えている。今やその性能、そして欠点も熟知している。FBI捜査官が主として使っているものについても、実際に撃ってみたことがある。粘土の塊に着せて撃ってみたところ、着弾部に貫通はなかったものの、粘土は大きく凹んだ…。
 捜査官たちに緊張が走る。
 晃は天使のような笑顔を残った三人に向ける。愛らしい唇からこぼれた言葉は、三人にとっては呪いのように聞こえた。
「俺が、撃たないとでも思っていたのか?『殺したら負け』だから、なるべく殺さないように努力するってだけの話さ。ま、少しでも手元が狂ったら、あんたたちも死んじゃうかもね。」
 これも心理戦だ、と建は思う。安全に狩りを楽しめるはずだった。この事実が狩人たちを油断させていた。
 「殺すな」と言われたからには銃器は使わないだろう、という思い込み。これが、第一の誤算。
 体術の達人である建の弟子であれば、脅威になるのは肉体を使った技だけに違いない。晃の射撃歴の短さからもそう判断していた。総合的に「勝てる人間」を育てる――建の育成プログラムと晃のセンスを甘く見すぎた。これが、第二の誤算。
 将来はミカヅチに匹敵する捜査官になる可能性がある逸材――できるなら殺したくない。それは、自分たちの方が圧倒的に優位であるという思い込みから来る判断ミスだ。これが、第三の誤算。
 建は淡々と説明する。
「この分だと、まだまだ誤算はありそうだな。」
「何だか嬉しそうに聞こえるぜ、ボス。」
 【H】は否定しなかった。才能のある人物は好きだ。百年に一人の逸材である建と同等に使える駒なら、数名の捜査官と引き替えにしても惜しくはないと考えている。
 恐ろしいほどに、計算高い。【H】は、自分の帝国を強大にするためなら、どこまでも冷徹になれる男であった。
 気絶した男を肩に担ぎ、三人目の男に晃は向かう。
 離れて立つ二人の男は、手が出せないでいる。
 仲間と晃との距離が近すぎる。彼らが手にしたスナブノーズのリボルバーでは、晃だけを狙い撃つことは難しい。それに、どんなタイミングで晃が自分たちに向けて撃ってくるのかわからない。
 できることは、流れ弾を受けないよう、また晃の死角になるよう、じりじりと位置を変えることぐらいだ。
 三人目の男は変わっていた。防弾ベストを着ていない。だから晃は撃てない。どこを撃っても、この地では助けが来る前に絶命する可能性がある。
 すぐ死ななければ、俺の負けにはならないのだろうか?そんなことを考えたりする。
 いや、運に任せた勝負は性に合わない。
 男は既に銃を抜き出している。晃を撃てば味方をも傷付けるという状況の中で、撃てなかっただけの話だ。
 盾として気絶した男を使うのか。それは、相手を殺していいときだけ有効な手だ。
 晃は担いでいた男を不意に放り出した。地面に落ちる前に蹴り飛ばす。周囲で牽制している二人の内の一人が、避け損なって尻餅をつく。
 包囲網が、破れた。
 が、三人目の男は逆に安堵していた。人質を取られなければ、こいつを撃てる。
 ダブルアクションのトリガーを引こうとしたが、できなかった。激痛は後からやって来た。不覚にも銃を取り落とす…S&Wのリボルバーは地面に激突しても暴発しなかった。
 何だ。
 男は呆然と血まみれの右手を見つめた。親指以外の四本の指の付け根から、奇妙な物が生えていた。
 菱形の金属片。一辺が一センチメートルほどの、金属片が四つ肉と骨に食い込んでいる。
 厚さ五ミリほどの鉄板を切断して、晃が拵えた物だ。礫として投げ、男の右手を封じたのである。
「儂はもう少し細長いのを使うがな。」
 と建が【H】に説明してやる。
「棒手裏剣みたいなものか?」
「ほう。詳しいな。そんなにちゃんとしたものじゃないさ。要は狙ったところに飛ばせて、それなりの傷を負わせられればいい。腕はもう晃の方が上だな。筋を切らないように手加減してやったようだが。」
「銃を相手にするために、日本で生まれた技か。」
 建は首肯する。
「どの流派でも、考えることは似たようなものだ。儂らとは違う技を使う連中の中には、針を飛ばす奴もいるそうだよ。」
 しかし。片手を封じられたくらいで諦めるプロはいない。男はすかさず左手で銃を拾い上げようとした。
 その銃を、晃は撃った。ヨークが曲がって使えなくするために、二発の四十五口径弾を消費した。
 晃は男との距離を一気に詰める。こいつの相手もそろそろ終わりにしなければならない。
 男は、このときを待っていた。
 来い。両腕を拡げて、待つ。
 銃器を使ってこないのならば、最後は体術で仕留めようとするはずだ。
 晃は軽い。だから攻撃も軽い。自分自身の動きにも制約を受ける寝技や関節技は使うまい。
 非力な者の決め技は、投げだ。あの晩と同じ、危険な投げを打ってくるに違いない。
 相手を転がすだけの投げ技では、試合には勝てても殺し合いでは通用しない。
 相手を頭から投げ落とすために、必ず懐に入ってくる。
 そこを捕まえてやる。銃を撃つ気など最初からなかった。
 予想どおり、晃が懐に入ってきた。四十五オートはホルスターに納めている――ホルスターに戻す瞬間は見えなかった。
 さりげなく、血まみれの右拳を前に出している。これが、餌だ。実は、投げで関節を折られないよう、渾身の力を込めて腕の筋肉を固めてある。
 右腕に取り付いた晃の首を、背後から左腕で締め上げる。単純だが、効率の良いやり方であった。右腕の代償は支払ってもらうつもりだった。
 男たちの第四の誤算は、晃のスピードを読み違えていたことである。男の懐に飛び込み、投げのモーションに入った身体が回転する。異常な回転スピードだった。その回転力を使って、晃は強烈な肘打ちを男の脇腹に食い込ませた。肋骨が数本折れ、右腕に込めた力が一瞬だけ緩む。
 その右腕を逆関節に極めたまま、晃は肩に担ぎ、高く投げ飛ばした。男の肘が折れる。
 そのまま頭から落ちれば、地面に露出した岩に叩きつけられて死ぬ。
 全治三ヵ月で復帰とは、何と面倒臭い。
 仕方がない。命は、助けてやる。
 男の身体が逆落としに落ちる寸前、放物線の頂点にあるとき、晃は男の顔面を蹴った。顔面の骨が折れる感触があって、男は俯せに落下した。動かない。
 これで、三人。残弾、二。
 四人目の男はいきなり撃ってきた。立っているのが晃だけになったからだ。
 晃は横っ飛びに移動して、伏せた。正確には、相手が撃つより先に動いている。この展開は読んでいる。
 気絶した男を遮蔽物にして、プローンで二発撃った。こいつは撃っても大丈夫な奴だ。
 胸に命中弾を受けて、一瞬男の動きが止まる。心臓の上を拳で強く打たれると、一瞬だが心臓が止まる。それの応用だ。
 晃はホールドオープンした四十五オートをその場に残し、男に向かって跳んだ。三メートル。射線を避けて、銃を持った右手側の足下に滑り込む。男の右の爪先の外に身体を置くと、立ち上がりざまに左手で銃を掴んだ。銃を持つ腕を曲げる暇も与えない動きは、飽きるほど練習した通りだ。
 晃が相手の右側に逃げたのも、理由が無いわけではない。右手で銃を構えている男にとっては、晃の動きは自分の腕と銃が作り出す死角に飛び込まれるということだ。反応が遅れがちになる。また、人体は構造上、腕を身体の軸側に動かす方が容易なのである。スピードはともかく、パワーと精度においては、そのようにいえる。試しに何発かパンチを打ってみれば――拳の軌跡を観察すればそのことがわかるだろう。
 晃が警戒しているのは男の拳銃ではない。実際、男はあっさりと手を離した。
 初めから、計算された動きだった。
 それが、晃には面白くない。流れを、支配されている。
 銃を放した右手が、そのまま拳となって晃を襲う。強烈なバックブロー。彼の方を見もしないで放った。
 辛うじて避けた。地面に転がる。髪の毛を何本か持っていかれる感覚があった。
 来るのがわかっていたのに、避けるのが精一杯か。
 心中の呟きとは裏腹に、晃の唇に不敵な笑みが浮かんでいた。
 踏み抜くような蹴りが晃を襲う。避ける方向がわかっているかのように、執拗に頭を狙われる。
 あるいは躱し、あるいは腕で払い、クリーンヒットを許さない。地面に寝たままの守りとしては、神業といえた。だが、立たせてもらえないのは、相手の技量が並外れているためだ。
 奇妙なステップ――独特の足運びが、晃にタイミングを計らせない。男の切れ上がった細い眼は何の表情も浮かべていなかった。蟻の巣を踏みにじる子供のように無表情だ。
「ふうん。中国拳法もやるもんだ。腕を上げたな。」
「あいつも格闘馬鹿だからな。ミカヅチの息子を相手に遊んでみたくなったんだろう。」
 困ったことだ、と言う【H】の口調は、少しも困っている風がない。
 さあ、どうする?ミカヅチの後継者よ。
 晃は少なからず驚いている。アクロバティックではない…むしろ地味な動きだが、無駄のない攻撃だ。流派はわからない…が、実戦で鍛えられた技だ。
 本来なら、殺さない相手に自分の業を披露するのは好ましいことではない。見るときは、死ぬとき。さればこそ、殺し技として有効なのである。
 だけど。俺も、少しだけ見せてやろう。
 何度目かの蹴りが、ついに晃の顔面を捉えた。鼻は潰れ、顔面全体が陥没する――そんな蹴りである。
 初めて、男の目に表情が浮かんだ。戸惑いが驚きに変わり、やがて恐怖へと姿を変えた。
 晃の右手が男の右足を受け止めていた。しっかり踏みしめられるように、靴は脱ぎ捨てている。その素足を、蹴りが顔面に届く寸前で掴み止めたのである。
 男の顔に、汗の玉が浮いた。右足を引こうと全身の力を込めているのに、ビクともしないのである。
 何だ、この力は。
 第五の誤算は、晃の膂(りょ)力(りょく)を読み違えたことだった。細いから、軽いから、力が弱い。力が弱いから、スピードに頼る。
 全部、嘘だ。
「人間の潜在能力とは、実に奥深いものだ。」
 右足の下から、晃の呟きが聞こえてきたが、男には理解できなかった。日本語だった。
「本人が全力だと思っていても、実際には半分も力を出せてはいない。」
 建は、それがかつて自分が晃に語った言葉だと気が付いた。あいつめ…。
 晃の右手の親指がそろりそろりと男の右足を探る。骨と骨の隙間を。組織の結合が弱いところを。
「俺たちは、修練によって本当の限界に、一瞬だけ迫ることができる。」
 ぴたりと指が止まった。やっているのは、建が首の痛みを取るときにやってくれたことと変わらない。基本的には、だ。
「それを…見せてやるよ。」
 晃は全身の力を親指に注ぎ込む。力一杯突き込んだ。細い指先がどれほどの硬度を持つものか――皮膚を突き破り、筋肉を切り裂いて骨を繋ぐ腱をぶちぶちと裂いた。
 踝に親指を根元まで刺し込まれ、男は絶叫した。血は殆ど出ていない。
 左脚に蹴りを入れて男を転ばせる。
 ゆっくりと立ち上がって、服についた土を払う。
 先程尻餅をついた男が、その姿勢のまま呆然としていた。何が起こったのか理解できないらしい。
 辛うじて銃を抜いてはいる。その手を踏みつけた。指の骨が折れた。銃を取り上げて、手早く分解した。自動拳銃だ。銃身を遠くに投げ捨てる。
「お前の相手は後でしてやる。邪魔をするな。」
 第六の誤算は、少女のような貌の裏に隠された酷薄さに気が付かなかったことだった。自分に敵対するものには、どこまでも非情になることができる。
 御雷晃は、そういう男であった。
 視線の先に拳法遣いが立っていた。
 苦痛と怯えはある。だが、闘志を失ってはいない眼だった。まるで格闘家だ。これじゃ、エージェント失格じゃないか?
 微かな苦笑が晃の唇を掠めた。
 声を張って建を呼ぶ。
「先生、俺は負けるかもしれない。」
「何故だ。」
 ガラス越しに建も声を大きくする。
「こいつ、生きているうちは何度でも立ち上がるタイプかもしれない。」
「ふむ。死なないと止まらないタイプか。」
 ちらっと【H】を見る。かぶりを振る。不可、だ。
「それでも殺さずに勝て、とボスは言っているぞ。」
 やれやれ、だ。
 奪った銃を目の高さに持ち上げた。もう目の前に奴がいる。
「降参しろ。…しない、よなぁ。」
 返事は蹴りだった。下から爪先で、銃のグリップの底部だけを綺麗に蹴り上げた。晃の身体には触れもしない、見事な蹴りだ。銃がすっぽ抜けて飛んでいく。
 無論、トリガーに指を掛けていたら骨折は免れなかっただろう。晃は最初から指を掛けてはいなかった。「降参しろ」と、形だけ言ってみただけである。
 敢えて傷めている方の足で蹴ってきたのは、もう軸足としては使えないということでもある。
 晃は無造作に近付いてやる。鋭い突きが顔面を襲った。それを両手で巧みに捌く。捌くのだが、突きは向きを変え、何度でも返ってきた。短い間合いで、変幻自在に顔面を狙ってくる。
 これも、中国拳法の一つの顔か。一撃に致命傷を与えるだけの力は無い。だが、まともに相手をしていれば、やがて致命的なダメージが蓄積するだろう。もし、脚が自由に使えたなら、より危険な技が使えただろう。
 だが。
 命のやり取りに「もし」など存在しないのだ。
 突きに来た右腕を、上から肘打ちでたたき落とす。男の腕は九十度曲がった。
 顔面を殴りに来た左腕を、わずかに頭を横に動かして躱す。そのまま外から自分の腕を被せ、自分の肩を支点に逆関節を極めて瞬時に折る。
 一対多の闘いでは、悠長にマウントポジションで殴りつけるような暇は無い。折れるときに折る。潰せる眼は、躊躇無く潰す。そして、殺せるときに殺す。
 建の設けた条件が無ければ、五人の命は既になかっただろう。
 両腕を折られ、片足を潰されてなお、男は立っていた。顔は綺麗なままだ。
 脳に障害を残さないために――いや、ちがうな、と晃は思い直す。俺は、こいつに思い知らせたいのだ。絶対的な力の差というものを。
 晃は拳を握りしめた。ぎっ、という音が聞こえそうなほどに、腕の筋肉が浮き上がる。パーカーの袖はとっくにちぎれ飛んでいる。
「本気でやってやる。受け止めてみろ。」
 額が触れ合いそうな距離で囁いた。普通の打撃戦の距離ではなかった。
 十本の足の指全てに力が入る。しっかりと地面を噛んだ。
 地面から両足、両足から両脚を通り、体幹を経て右の拳へ。全身の筋肉が連動して生み出したのは、螺旋の動きであった。全身の捻りの動きを集約し、1点に集中するための動きである。
 ボディーアーマーを纏っていることも気にせず、至近距離から右の拳を突き込んだ。反動で、スニーカーのソールが剥がれる。
 男は左脇腹で何かが炸裂したような感覚を覚えたが、一瞬で意識が飛んだ。
 仰向けに倒れた胸が、拳大に陥没していた。息は…している。
「やりおったな。」
 建が頭を振った。
 【H】が椅子を倒して立ち上がった。
「今のは何だ?普通にパンチが打てる距離ではなかっただろう?お前が昔の仕事で使ったのもあれなのか。」
 建はポリポリと鼻先を掻いた。
「まあ、そういうことだね。奥の手だから内緒にしていたんだが、晃の奴に種明かしをされてしまったよ。今更隠しても仕方がない。」
「できるのか、そんなことが。」
「見たとおりさ。防弾ベストがなければ、あいつは死んでいただろうな。ま、実際は逆で、ベストを着ているから晃は打ったんだよ。技術自体はそんなに珍しいものじゃない。『近接打撃』ってのは、いろんな奴が研究し、伝えられている。多少の違いこそあれ、原理は似たようなもんだ。まさか、という間合いで打てば、斃せる可能性が高くなるからな。」
 このアメリカでも、よく探せばそういう武術家は見つかるだろうよ。
 建はそう付け加えた。
 男が動かないのを確認して、晃は四十五オートを拾い上げる。弾が尽きてホールドオープンしたままだ。
 思い出したように、最後の一人の所に行った。
「ごめん。忘れるところだった。あんたが残っていたな。」
 謝罪の言葉は、もちろん無残に折れた右手に対してのものではない。
 男は左手にリボルバーを握っていた。銃口は震えているが、しっかりと晃の胸をポイントしている。腰が抜けたのか座ったままだ。
 ああ、さっき俺が蹴り飛ばされたヤツを拾ったのか。
 一応、言ってみる。
 愛らしい笑顔と、少女の声を作った。
「ねぇ。あきらめて、降参してくれない?」
 返事の代わりに、トリガーを引いた。
 撃鉄が起き、シリンダーが六分の一だけ回転する。
 シリンダーストップが作動する微かな音さえ、晃の耳は捉えている。
 そのままトリガーを引き切る。撃鉄が落ちる。
 撃針が空を打つ音が虚しく響いた。
 男の顔が紙の色になる。
 慌てて五回。全て空撃ちの音しかしなかった。
 晃が気の毒そうに言う。
「あのさ、知らなかった?銃ってのは弾がないと撃てないんだよ。」
 ポケットから、六発の三十八スペシャル弾を取り出して見せる。
「これからは、拾った銃を使う前には、ちゃんとチェックをした方がいいね。それにしても…」
 晃の口調が変わる。凄まじい猫撫で声だった。少女の声のままだ。
「俺のことを殺そうとしてくれたね、あんた。」
 左の大腿骨を蹴り砕く。
 悶絶する男の左肩を踏み、地面に押さえつける。右手にはホールドオープンした四十五オートを提げたままだ。左手はズボンのポケットに突っ込んでいる。
「人を撃つときはさ、こう撃たなきゃ。」
 晃の手がジーンズの左ポケットからリボルバーを取り出した。スミス・アンド・ウェッソンM四〇センチニアル。
「まさか…もう一挺持っていたのか…。」
 うわごとのように呟く声を無視して、胸に五発打ち込んだ。
 苦痛と恐怖で、男は激しく咳き込んだ。
「見えてる方にだけ注意を向けるからさ。」
 空になったセンチニアルをポケットに戻す。
 予備弾倉を取り出して四十五オートに挿す。スライドを少し引いてホールドオープンを解除する。
 無言のまま、六発打ち込んだ。苦悶が、激しくなる。
 マガジンを交換する。
「余計な心配かも知れないけど、そろそろ防弾ベストが限界じゃないの?あと、何発撃てば貫通するのかな。」
 晃は再び構えた。
 男は見た。見てしまった。
 サイトの向こうにある、晃の目を。
 深い黒瞳が、何の感情もなく男を見ていた。ひとたび落ち込めば、永劫に落下し続けるような、深い穴を思わせる瞳だった。
 男の中で、何かが折れた。
「…参った。降参する。」
 晃は向日葵のような笑顔を浮かべて見せた。
「ということですが、終わりにしてよろしいですか。」
 家の脇に建と【H】が立っていた。
「ああ、テストは終了だ。」
 いずこかに待機していた救護班が担架を持って入ってくる。
 晃はセフティを掛けてから、銃をホルスターに戻す。センチニアルもシリンダーを開いて空薬莢を捨て、新しい弾を込めてからポケットに戻した。男の肩から足を外してやる。
「随分と用心深いんだな。」
「ええ。師匠の教えです。」
「ほう、ミカヅチの、か。教えてもらえるかな?」
 詩でも諳んじるような表情で、晃は口を開いた。
 もし、この場の音の一切を消すことができたなら。
 見る者は、美しい少女の唇が、美しい言葉を紡いでいるのだと想像したことだろう。
 だが。
「牙は捨てるな。ただ隠すだけにしろ。」
 晃の唇は、鋼の掟を吐き出した。
 もう十分だった。この子は、もうミカヅチだ。
「で、晃をどうするね?ボス。」
 【H】は声を出して笑った。こんなに愉快な気分は久しぶりだった。
「どうするって?こんな危険人物を野放しにできるものか。しかるべき教育を受けさせてから、きちんと管理するよ。」
 【H】が身を屈めて晃を見た。真っ直ぐに目を合わせて喋る男だった。
「お前はこれから、アメリカの学校に通うんだ。ハイスクールも大学も、可能な限り早く卒業しろ。本来ならアカデミーで扱う内容も、前倒しで学び始めるんだ。家に個人講師を派遣してやれるし、アカデミーの講座にも紛れ込ませてやれるだろう。そして、正規にアカデミーで過ごす時間は、他の連中がやらないことを学ぶ時間に充てればいい。」
 どうだ?と【H】の眼が問う。
「アカデミー…FBIアカデミーですね。私は、捜査官になるのでしょうか。」
 【H】が大きく頷く。
「お前の能力を生かすには、うってつけの場所だよ。ただし…」
「ただし?」
「合衆国のために働くのではない。私の、『道具』になれ。それが、受け入れの条件だ。」
 晃も気が付いていた。【H】と名乗るこの男が、FBIの要職にあることを。そして、蛇蝎のごとく嫌われながら、同時に恐れられている存在であることを。
 逡巡はなかった。ただ、何故か、不良共に辱めを受けた少女の笑顔が一瞬脳裏を掠めた。
「あんたが俺に何をやらせようとしているのかは、興味がない。あんた自身がどれほど悪人でも、俺はかまわない。だが、一つだけ訊いておきたいことがある。」
 無意識に口調が変わっていた。【H】は無言で先を促した。
「俺が仕事をすることで、弱い者や真面目にやっている連中が馬鹿を見るようなことにはならないだろうな?」
「もし、私が約束を破ったなら、君が私を殺せばいい。」
 【H】は右手を差し出した。彼のような立場の人間が、直接の身体接触を許すのは異例のことだった。
「ミカヅチ――タケルを雇ったときにも、同じ約束をさせられたぞ。」
 若かった頃の話さ、と建が照れたように笑う。
 晃は【H】の手を握った。分厚く力強い手だった。これが、俺を未来に連れて行ってくれる手か。
「ようこそ、アキラ。我が帝国(FBI)へ。」   
 こうして、御雷晃はFBIでのキャリアの第一歩を踏み出したのであった。

ケン カゲヒロ

 

☆まうのスマイソン☆

まうがエアソフトのスマイソンの画像を送ってくれました。
これについてのインフォは、まうにコメントしてもらいまひょ、ほなたのむで(^-^)/

 

              ☆スマイソンの過去記事☆

ダブル・アクション・リボルバーの代表的なものを2丁あげるとしたらS&Wの名銃コンバット・マグナムM19、それにコルト社代表は、いわずと知れたあのニシキヘビ、パイソンだと私は思うが、皆さんはどう思う?M19は357マグナム・ガンとしては軽量にして小型、メカニズムの良さ、それに値段の安さ(パイソンの半分くらい)などの理由から、アメリカン・ポリスに最も多く使用されているものだが、一方パイソンは、その大胆で素晴らしいデザイン、タフネス、命中精度などの点において、M19をしのぐものを持った、実に魅力的なリボルバーだ。“メカニズムではS&W、バレルの精度はパイソンだ”というのが、ポリスコンバット・シューターの通説となっていて、マッチのためにS&Wを使う人は、カスタム・バレルを付ける場合が多く、パイソンを使う人はサイトをはじめ、内部を徹底的にチューンナップする。去年の12月号で、PPCカスタムを特集したが、あの中でケイク・デイビス社製のスラブ・バレルの付いたM10カスタムがちょっと出てきたのを覚えているかな。あれを作ったビル・デイビスという人はCHP出身の名射手、それもグランドマスターで、今ではPPCの世界で彼の名を知らない人はいないくらい有名なガン・スミスだ。もう一人、これまた有名なPPCカスタム・メーカーで、ロン・パワーという人がいるが、この人もグランドマスターだという。すぐれたガン・スミスとは、トップクラスのシューターであるべきなのだ。それはともかく、そのビル・デイビスという人は、“S&Wのアクションが一番で、パイソン・バレルが最高ならこれを結合してしまえばいいじゃないか”という発想から、M19のバレルを抜いて、フレームのネジを切り直し、パイソン・バレルをネジ込んでしまったのだ。結果は素晴らしかった。贅肉のない、均整のとれたS&Wのフレームに、あの猛々しいパイソンのバレルが移植されたのだから、デザイン的に見ても悪い筈がない。パイソンの野性美にS&Wの知性を加味したニュー・カスタム、それはスマイソン、またはスモルトと命名された。スマイソンとはスミスとパイソンを合わせたもので、スモルトとはスミスとコルトを合成したものだ。これは爆発的人気を呼び、多くのオフィサーが欲しがるところとなり、サクラメントのケイク・デイビス社には注文が殺到している。スマイソンを欲しい人は、まず自分でM19を買って、それを持ち込んでパイソン・バレルを付けてもらうわけだが、この費用が約25,000円。ということは、M19が53,000円くらいだから、スマイソンの値段は78,000円ということで、100,000円をはるかにオーバーするパイソンよりも安く手に入ることになるわけで、これも大きな魅力だと言える。続いて、ビル・デイビスは、パイソン・バレルをスターム・ルガーのフレームにも付けることに成功し、これをクーガーと名付けた。これもコルトとルガーの合成語だが、サウンズ・OKじゃない?さてさて、このスマイソンを見た、S&Wのやる気ある開発部は、KとNフレームの中間サイズの357マグナム用にLフレームというのを開発し、パイソンとそっくりなバレルを付けて売り出すことになった。しかし、まるまるスマイソンの真似をするのがシャクだったらしく、クーリング・ホールはあけてない。これはまだ市場に出ていないが、たのしみなニューフェイスだ。

パイソンのシリンダー・ロッドの先には、ロッキング・システムがない。しかし、スマイソンにはこの通り、S&Wと同じタイプのものが付いている。初期のスマイソンは、ヨークのところにボール・ベアリングが埋め込まれたクリック・ストップ・タイプだったが、後になって、このような本格的なものになった。もし、これがなかったら、スマイソンの魅力は一味落ちるところだ。

パイソンのルックスをそのままに、S&Wコンバット・マグナムのフィーリングで撃てるなんて・・・・・・。はじめはなんだかおかしな気がしたが、撃ちはじめてみたら、そのバランスの良さに、ただあきれるばかり。モンクなしに一流中の一流リボルバーです。

アーミー・ターゲットの顔面には10mから50発。ボディーには50mからプローンで50発、ダブル・アクションで撃ってみた。サイティングはド真ん中になっているのだが、この日は強風が吹いていたのでかなり右寄りのグルーピングとなり、散り方もチトひどい。ビル・デイビスは、“スマイソンはサービス用として作ったのであって、PPC用ではない”と言っているが、これだけの性能があれば、苦もなくディスティングイッシュト・マスターになれる。

FBIエージェントは、背広の下にこのパンケーキ・ホルスターを吊り、S&Wの3インチ、フィクスト・サイトのラウンド・バットにグリップ・アダプターが付いたスペシャル・モデルを突っ込んで出かける。私のは4インチ・スマイソンだ。コーキューだなあー。

Gun誌 1981年8月号より
とーさくby マロンパ

 


ここでチョイと ホソくない補足をしておくだすねっ。
♪(*゜▽゜)b オマケ
By マロンパ

TACTICAL LIFE
ICHIRO NAGATA公式ブログより

2013年01月28日
「スマイソンを創った男」
懐かしい方が来られましたよ♪

あの「スマイソン」を作ったガンスミス
です。日系人で「ケン カゲヒロ」さん
といいます。
この人についてはトモがリポートしたの
ではないかと想うのですが、ここではとて
も書き切れないので・・

カゲヒロさんを誘って夕食に行き
ご一行様たちは大喜びで記念写真を
撮っていましたよ♪

え??? えっ? えっ・・!!

スマイソンをしらない??

ふと、そんな声が聞こえたような(^_^;)

知らないなら、知らないとゆって
くださいっ!! (キリッ!

ちゃんとフォトをアップしますから。

なに?・・知ってるけどアップせよ??

では、そのうちに探しにいきますね!(^^)!

2013年01月29日
「カゲヒロさん」

左側の真ん中にいる白髪の人がカゲヒロ
さんで、他は彼のお弟子さんや友人たち
です。
カゲヒロさんは幼少のころ5年間も
日本人収容所に入れられました。
たしか8歳のとき、最初の「武器」を作り
ました。
そして身の回りのモノを使って武器を
作ることを研究し、火薬でもプライマー
でも作れるようになりました。

「武器は取り上げられても作り方さえ
知っていれば、また闘える」

という哲学をもっています。

ワシはスマイソンのことは雑誌で読んで
知り、やがてガンショウで売って
いたのを見つけてゲット。でも作者のこと
は知らないままでした。

やがてビル デイヴィスという人のショップ
でスマイソンをコピーして発売、これは
スモルトと呼ばれ、こっちは出来がよく
なかったです。

ジャック リポーターがデイヴィス ショップ
に言って「スマイソンをみせろ」と言った
ら「はぁ〜? スモルトのことか?」
と言われ、ジャックは「アメリカでは
スマイソンと言っても通じない」とガン誌
に書きました。

その後、ワシはCHPのアカデミーに取材で
行くようになり、かなり経ってから
“ウチにはすごいガンスミスがいるんだよ
逢ってみないか?”
と言われ、CHPガンスミス部門を訪問すると
カゲヒロさんがいて歓待してくれグロック
をフルオートに改造したものを撃たせて
くれました。
そして、その時にカゲヒロさんが
スマイソンの創作者だと知りました。

やがてワシは彼のクラスを受講したり
家に遊びに行ったり、彼もマリポサに
幾度か来てくれるようになりました。

カゲヒロさんのことはシッカリした記事
を書こうと想っていたのですが、機会を
逸していましたよ。

この10月には彼とサクラメント川で
鮭釣りをすることになっていますので
その時にでも資料をもらおうかと・・・

あ、、でもその前に「あるすごいこと」を
伝授してくれるというので5月に行くかも
知れませんよ♪

 

 

カゲヒロさんのことを知っていただきたいので、トモの記事を読んでくださいな。
 

SATマガマガジン_2008年3Gより

アラミダカウンティ ポリス インストラクターコース

                 ◇違法武器クラス◇
 クラスルームはただならぬ雰囲気だった。
 ライフルにショットガン、ストックが付けられた拳銃、それにAKやイングラムなど機関銃、さらに刃物から正体不明のものまで。各種の武器が並べられていた。
 武器は本来危険なもの。武器を安全に扱えるようになるために正しい知識が必要だ。使い方を誤れば、人を傷つけるだけの凶器へと変貌する。部屋にはいろんな種類の武器があったが、すべて犯罪者から押収した「違法武器」という点で共通していた。
 今回のポリスなど司法機関向けインストラクター養成カリキュラムのひとつ、「違法武器」のクラスの一幕だ。

 押収された凶器は様々ある。アメリカではとくに銃器と刃物が多いそうだ。AKやM4などアサルトライフル、UZIやトンプソン、イングラムなどのサブマシンガンという具合にいろいろ揃っている。これら押収武器の多くは溶鉱炉で溶かされ廃棄処分されるそうだが、まれにSWATティームなどの装備として再登録されることもあるという。
 アサルトライフルやサブマシンガンを使えるのは、犯罪者の中でも比較的裕福な部類だそうで、大多数は身近な素材で自作したものや、独自に手を加えられ攻撃性を高めた粗悪な凶器達であることが多いという。
 ハンドガンのバレルを延長し、ストックやスコープを取りつけたもの。ショットガンで拳銃弾やライフル弾を発射できるようにしたライフル。なかにはサプレッサーを内蔵し、高い命中精度を発揮するライフルがある。
 機関部の一部にゴムバンドを巻き付けフルオート化したライフルや、オートマティックハンドガンに小さなパーツを加えフルオート仕様にしたカスタムなど、違法改造のアイディアの宝庫である
 さらに前科や貧困からガンが購入できない犯罪者が使用した密造銃。パイプを組み合わせただけの粗末なモノから、スライドやフレイムがしっかり削り出しで作られ安全装置まで備えたモノもある。犯罪のために生まれた不遇の逸品達。ダークサイドの産物だが、機能性を高めたカスタムガン。類い希なるアイディアは学ぶところが多い。舞台を違えれば特許でしっかり収入が得られるのではないかと思えるものもある。裏社会の「ショットショウ」という雰囲気だ。

 様々な武器を見せてインストラクター要員達をビビらせようというんじゃない。一見、安全に思えるような身近な品物の中から、怖い武器になりえるモノを見つけ出せれば、危険を未然に回避できる確立が向上する。そのために必要な知識は、実際の凶器に数多く接し学ぶのが一番。弱肉強食犯罪社会を巧妙なアイディアで渡り歩く犯罪者。市民の安全を護る警官達のリスクを減らすため、凶器に対する「感性」を養うのがこのクラスの目的だった。

 このクラスを担当するのはケン カゲヒロ師。米国生まれの日系3世。
 元CHP(キャリフォルニア ハイウェイ パトロール)のガンスミス。隊員達のガンの調整や改造はもとより、長年の知識と経験からガンメイカーへ出向いてクオリティコントロール指導もするほどの人物。ガンに対する知識、なかでも違法武器に関する見識は群を抜いている。現在はCHPポリスアカデミーのガンスミスを退役後も、ロックスミス……カギ職人の学校に通ってオリジナルのカギの特許を取得しているそうだ。ロックスミスになればあらゆるカギの知識に精通し、現場の施錠も攻略することができる。警察やミリタリーがカギの知識を得れば、現場で効力を発揮する。彼の興味は犯罪者との闘いのためにある。
 依頼があれば、インストラクター達に銃器についての豊富な知識を伝授する。精力的に人生を突き進んでいるお方なのだ。
     ◆   ◆   ◆
 ケンさんがガンスミスになったのには、幼少の頃の強烈な体験が元になっている。
 6歳か7歳だったケン少年。ある日突然さらわれるようにトラックに載せられ、家族共々連行された。行き先は日本人強制収容所。当時、日米開戦により敵国人が集められたのだ。
 その時ケン少年は想った。
《こんな惨めで辛い思いは二度とゴメンだ! 今度同じ目に合ったときは闘おう! 己の自由と家族を護るために!》
“闘えるために強くなりたい!”
“身近なモノから武器が作れれば闘える”
“弾と知識があれば銃だって組み立てられる”
“そうだ銃の専門家……ガンスミスになろう!”
 塀の中で悔しさを噛みしめながらそう決意した……と以前ケンさんが語ってくれたことがある。
 妥協を許さぬ厳しさ。慈愛に満ちた優しさ。なにより、自分の道を突き進んできた熱いハートの持ち主特有のキラキラとやんちゃな情熱。そんな目の輝きが印象的だ。

“弾と知識さえあれば、あとは身の回りにあるモノで銃は作れてしまう……一見ホームセンターで買えるパイプでも、バレルとチェンバーがあれば弾丸が発射できる。それを忘れるな!”
 とケン講師。日常よく見かけるなんでもないモノが、じつは武器かも知れないのだ。警察が事件の容疑者の家に踏み込む。しかし、武器らしいモノは何も発見できなかった……。しかし、実際は凶器が現場にあって、捜査員が見過ごしていただけだったとしたら……想像すると恐ろしい。
 犯罪者の巧妙な偽装を見破れれば、危険を回避できる確立はアップする。また、事件を未然に防ぐこともできるだろう。そのためにも武器の知識は多い方がよい。
 日本で新聞やテレビの報道を見ていると「アメリカなどと違って日本は銃社会じゃないから……」ということが議論されていることがある。「銃社会」という言葉ばかりがクローズアップされることで、肝心な犯罪への対処法が思考停止してしまい、疎かになっているように思えるのは素人考えだろうか?


 なにもガンばかりが違法武器ではない。
 統計ではアメリカで発生する事件の17%がエッジウェポン(刃物)によるものだそうだ。日本ではこの確立がずっと高くなるだろう。
 今回のインストラクターコースでは刃物犯に対処するためのクラスが設けられていた。
 1インチ(約2.5cm)のブレイド長があれば、腹を切って内蔵が飛び出し、また頸動脈に到達できるという。とくに恐ろしいのは手製のナイフ。市販の一般的なナイフより切れ味が劣り、逆に傷口が汚く治りにくくなるというのだ。男女の痴話げんかから強盗、様々な事件での刃物による傷跡を写真で学ぶ。バックリ割れた首、メッタメタに斬り付けられ骨が露出した背中。目を背けたくなるモノもあるが、写真から刃物へ対する恐ろしさを学び、対処法の重要さが理解できる。
 ナイフを手にした犯罪者に、ガンで対処するのは行き過ぎではないか? ということが議論されるが、それは「キティガイ+刃物」の恐ろしさを知らない御清潔な方々の理想論。最前線の現場に矢面に晒される警官にとっては迷惑な話だ。そのためアメリカでは刃物を手にした犯罪者にも銃を持って対処することになっている。
 でも、ガンを持っているからといって、必ずしも有利とは限らない。グリップを握り、ホルスターから抜き出し、狙いを付けてトゥリガーを引く。弾丸を発射するためにたくさんの動作が必要なのだ。しかし、刃物は素早く襲ってくる。刃物は恐ろしい武器なのだ。素早く確実に当てられるために射撃の訓練はもちろんのこと、刃物の攻撃をかわしガンを抜いて反撃できるためのテクニックが求められる。そのために今回のインストラクターコースでは座学だけでなく、刃物にしっかり対処できるために有効な格闘訓練のクラスも組み込まれていた。               

〈キャプション〉
29,
レベル㈽のソフトアーマーを細い鋼線が貫く!! その威力、恐ろしいです。

30,
ボディアーマーを貫く鋼線に毒でも塗ってあったら……。

31,
各種銃身。マグライトヘッドがねじ込めるよう一端が加工されている。銃身に見えないよう普段は偽装しているわけだ。

32,
カッタウェイモデル制作もケン講師の得意分野。銃の仕組みや構造が理解しやすく、どうすれば改造できるかも判る。

33,
小さなパーツを付け足すだけで、ハンドガンがフルオートマシンピストルになる。こんなパーツを持っているヤツは……ケン講師の深い知識と独特に力強い語り口で、次々と違法武器が解説される。

34,
袖に仕込んだ鉄パイプからワイヤーが飛び出す鞭、封書の中身が確認できるスプレー、鉄パイプを組み合わせた手製のガン、ホームメイドのサプレッサーを組み込んだモノなど、その柔軟な発想と優れたアイディア。アンダーグラウンドなショットショウだ。

35,
密造拳銃だそうだ。ナゼか“アップル”マークが刻まれている。

36,
ガンはアッパーレシーバだけでも激発できる。知識があれば武器の危険度が見えてくる。

37,
アルミ製の杖から弾丸を発射する「仕込み杖」。どんな構造になっているか、詳しいことは書けない。

38,
[ショットガンスナイパー]
 ショットガンなのにライフルスコープが搭載されている。じつはこれ、拳銃用.44マグナム弾やライフルカートリッジが撃てるようカスタマイズされたもの。ものによってサプレッサーを内蔵したタイプもある。命中精度も高く、ショットガンのフリをしたスナイパーライフルなのだ。パーツを外せばショットガンとしても使用可能だそうだ。

39,
自家製イングラムのパーツ。

40,
10/.22ライフルやピストルといった安価な銃をベイスに作られた改造銃が多い。ロングバレル化し、ストックを取りつける……というのが基本だそうだ。写真中央のものはUZIのフォールディングストックを装備。形状から松葉杖などに偽装されることもあるという。

41,
さらに単純にバレルを延長するのではなく、サプレッサー機能を持たせたサイレントスナイパータイプもある。

[ブリーフケイス型マシンガン]
42,
ブリーフケイスにマシンガンとレイザーサイトが内蔵されている。「仕込み銃」だ。
43,
手前の白い筒状のものがレイザーサイト。奥にある四角いバッテリーで駆動させる。レイザーサイトのサイズから、70年代末期から80年代初期に制作されたモノでは……と推測される。特殊部隊やFBIよりも早く犯罪者がこんな武器を完成させていたそうだ。
44,
ハンドル内側の小さなボッチがトゥリガースウィッチだ。


45,
拳銃にストックとスコープを装備し、安定してより正確な射撃を可能にしたカスタム。グリップパネルでストックを固定するなど、シンプルで優れたアイディアだ。

46,
散弾銃の銃身を斜めにカットした手製の刃物(中央)。左のリングは東南アジアのアクセサリー。本来仏教的な意味合いのリングだが、こんなのを握って殴れば攻撃力がアップする。

47,
ガーデニング用のトゥール「カマ」も怖い武器だ……身振り手振りを交えて解説するケン講師。

48,
ブラウニングハイパワーにわずか7mmほどのパーツを組むだけでフルオート化できてしまう。マガズィンを振って“カラカラ”と音がするときはかなり怪しいと考えてかかれ……とケンさん。

49,
ハンドグレネイドやスモークグレネイドなどの雷管部分も、弾丸発射機に転用できるという。隣の製図用シャープペンも強力な武器になる。

50,
これはイヌイットなどに伝わる包丁の一種。これを手にして暴れられたら怖い。

51,
キャプション無し

52,
自転車やオートバイのスポーク。これも銃になるというが……詳しい事は秘密。

53,
こちらのイングラム、なんと手作りだそうだ。

七銃五歳となりました (^^)

無事に75歳に達しました(^^)

皆様からのお祝いの言葉、ありがたく読ませていただきました。
とても感謝しています<(_ _)>

イチローが生まれたのは1943年です。
当時は日本軍と米軍が激しい戦争をしており、その真っ最中に生まれたのです。

時代は目まぐるしく移り変わり、75歳となったイチローの誕生日には、かつての敵国で1日に500発も実弾をぶっ放すという拳銃試合に参加していました。

すっごい人生流転デアリマス(*^_^*)


アメリカに渡った理由は、日本の「拘泥社会」に耐えられなくなったのが原因です。
好きなことをできる自由な社会を目指しての日本脱出でした。

やりたい事、好きな事、といっても具体案があったわけではなく、ある時にアメリカ人たちが拳銃を腰に吊って競技をしているのを観た時に激しいショックを受けてヤミツキになり、そのまま「不治のヤマイ的趣味」となり、とうとう職業に結びついてしまいました。

さてさて、
なりゆきで75歳になっちまいましたが、ほんとは50歳に達したら死ぬ、という目標を立てて渡米したのです。正確にいえば、50歳になっても人生が楽しくなかったら その時に死のう・・・と考えていたのです。
どうして「死ぬ」なんてオオゲサな決心をしたのかといえば、自分が他界に移る時を設定しておけば、攻撃的というか積極的というか・・
「怖れを知らぬ生き方」が可能だと考えたからなのです。他界とは、次の世界のこと・・死んだあとに行く世界のことです。

人は、守るべきものが多いと冒険に対して消極的になります。長生きしたいと願ったり、自分をやたらに可愛がる気持ちも冒険心を削いでしまいます。

捨て身にならなければ勝利はないという気持ちをイチローは持っていたのですが、それを発揮できる機会はないままに、日常の怠惰な生活に埋没していました。

こんな過去のこと書いてもムナシーか?・・・
という気がするのでチと考えます(^_^;

つづきます・・・

筋肉ミルクで 市っぱぁ〜つ!!

おはば〜ん(^O^)/

腰の痛みが遠のいたことに乗じて、イッショケンメに薪狩りに禿げんでいます(^◇^)

でも、日が暮れるころになると鈍痛が始まるのですよね・・・(^_^;
昨日はスネと足の甲がシビレていました、が、段々に治るのだと楽観しています。

ところで最近、こういうドリンクを飲んでいるのですよ ↓

ハヤリのプロテイン ドリンクです。
これまでにあった栄養ドリンクのたぐいは一切飲みませんでしたが、このタイプは もしかしたら身体に良いのかもしれません。
運動の前とか途中で飲んでいます。運動しない日は飲みませんけどね。
このところ衰えていた腕の筋肉が復活したような気がするんです、、けど考えてみるに薪狩りで鍛えているのでチカラコブが大きくなっただけのことではないかと(^◇^;)

ですから、たいして信用していません。
でも佐世保訓練に出たいので試してバッテンなわけなんですよ
(^◇^)(^○^)(^o^)

で・・ほら、ここにコロシ文句が(゜◇゜)

回復早くてビーストロング!!
燃料充填 成功確実!!
しかも「プロシリーズ」ときたもんだ
(^0^)

じつにアヤシイのですけど、
どうなんでしょね〜・・・?

今日はコレを飲んでスティル チャレンジに出かけますよぉ〜\(^O^)/

     市